コラム

「坂の上の雲」と現代アメリカの「戦争」

2011年12月12日(月)12時21分

 NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」の最終第3部が始まりました。このドラマに関しては映像化を封印した著者の意図を著作権継承者が翻すことの是非であるとか、日露戦勝の神話を復権させるのはイデオロギー的に許容できないなど、様々な批判があるようです。

 ですが、今回始まった第3部の前半を見た限りでは、高橋英樹さんのセリフの見事な呼吸感、目線の演技だけで乃木希典という漆黒の静謐感を表現してしまった柄本明さんなど、TVドラマにおける表現としては1つの極限に達してしまったのは事実だと思います。

 特に「乃木的なるもの」の絶望的な暗さをここまで丁寧に表現できたということについては、司馬氏も映像化封印への違反を許してくれるかもしれません。

 それはともかく、現代のアメリカでこのドラマを見ていると、改めて「戦争とは何か」という問題を突きつけられる思いがします。戦争とは何を目的として戦われるのかということです。戦争の目的は戦勝ですが、戦勝というのは相手を戦争継続が不可能な状態へ追い込むことに他なりません。

 つまり、「内政と外交、経済、兵力」の全てにおいて、戦争継続が不可能な状態へ相手を追い込めば戦勝となるわけです。「坂の上」が描く日露戦争においては、日本とロシアの双方は、こうした戦争目的を明確に持っていたし、それゆえに戦闘が起き、そして終結を見たわけです。

 そこで思い起こされるのは、現代のアメリカが仕掛けている「反テロ戦争」というのは、20世紀初頭に日本とロシアが決意し実行した戦争とは、全く異なるということです。

 まず、相手が何かということが分かっていないわけです。例えば「反米的イスラム原理主義」なるものがあるとして、その実態とは何なのか? 例えば、ビンラディンに代表される産油国の富裕層の「自分探し」なのか、タリバンのような非産油国の貧困層の情念なのか、イランのように内政上の求心力にされているだけなのか、全く分明ではないわけです。

 相手が誰であるか分からないまま、戦争の開始も遂行も撤退も、全てが自国側の事情だけで判断がされています。テロへの報復感情を具体化しなくてはならないという内政上の理由で開戦がされ、財政が行き詰まるから撤兵する、そこには具体的な戦争目的はありません。親米政権の安定化というのが表面的には目的として掲げられていますが、何をもって安定化とするのかは実は曖昧なままです。

 もう1つ、アメリカで「旅順攻防戦」を見ていて思うのは、この日露の戦争、そして第2次世界大戦を通じて日本という国は、人命を軽視し続けた果てにはロクなことはないということを、骨の髄まで学んだということです。この点に関しては、特にアメリカとの比較において日本人は静かな誇りとして良いのだと思います。

 この点に関しても、今回のテレビドラマ版「坂の上の雲」は、司馬氏のメッセージを伝えることに成功している、旅順陥落までを描いた現時点ではそのような評価が可能と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」

ワールド

訂正-米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story