コラム

トランプ「大統領選撤退」に見るティーパーティーの凋落

2011年05月18日(水)11時18分

 そう言えば、ティーパーティーという言葉をあまり聞かなくなりました。2010年11月の中間選挙で、保守系の候補を多数当選させて共和党躍進の原動力となったのは、つい昨日のことに思えますが、その後のティーパーティーというのは、ズルズルと失速しているのです。

 何といっても、ティーパーティーの看板といえば、前副大統領候補のサラ・ペイリンでしょう。オバマ政権誕生後の政局にあって、「白人+保守+反エリート」という正にオバマの対極のような「キャラ」全開の姿勢は確かに存在感がありました。中間選挙では、応援演説で全国を駆け回って集票能力を発揮、その勢いは2012年の大統領選への待望論になっていたのです。

 ですが、ペイリンの人気は長続きしませんでした。

 年明けの1月8日にアリゾナ州で発生した女性下院議員狙撃事件を契機として、人気が下降し始め、以降は全く立ち直りの気配もありません。ペイリンのコピーと言われたミシェル・バックマンという女性議員も余りパッとしないままです。

 ペイリンの失速ですが、現在では完全に「濡れ衣」だということが明らかになっています。狙撃された議員を含む民主党の候補を、選挙区別に地図で示し「重点的に落選させるターゲット」として「標的マーク」をつけた図柄をウェブにアップしていた、これは事実です。ですが、逮捕された容疑者はその後の捜査により、政治的動機はゼロ、むしろ議員へのストーカー行為が暴走しただけだったのです。

 にも関わらず、ペイリンは事件後数日間はダンマリを決め込んだと思うと突然「自分への非難は政治的陰謀」というような激しい反撃を行ったのです。この行動は決定的でした。「被害者は死線をさまよい、巻き込まれて亡くなった人も多い中」発言として全く不謹慎という印象が広まり、支持者が一気に離れたのでした。

 実は、ペイリンが「KY(古い言葉ですが)」で無能だということで人気が落ちた、それはあくまでキッカケでした。ティーパーティーの積極的な支持者の中核というには自営業夫婦で、彼等がディナーショーのような資金集めパーティーに喜んで集っていたのですが、そうしたブームが、ある意味で「憑き物が落ちる」ようなことになっているようです。

 一部では、支持者の奥さん達がペイリンファンのダンナさんに、「いい加減にしたら」と言い始めたそうで、バックマンの支持が伸びないのも同じ理由という説もあります。

 そこで急に人気が出たのが「不動産王」ドナルド・トランプでした。TV司会者としてもメジャーなトランプは、大統領選への野心を公言すると共に、オバマ大統領が「アメリカの領土外で出生したので憲法上大統領の地位を失う」などというキャンペーンを展開、支持率を伸ばして行ったのです。

 ですが、その言動の余りの下品さに有権者が愛想を尽かすのに時間はかかりませんでした。トランプ人気というのは、ある意味一瞬でした。勝ち目がないだけでなく、このままズルズルと選挙運動的な行動を続けても自分のイメージは悪化するだけと悟ったのか、最後は呆気ない撤退となりました。

 それにしても、あれほどの勢いを誇ったティーパーティーが比較的短期間に存在感を失ったのはどうしてなのでしょう?

 1つには、オバマ大統領が「ビンラディン討伐」という烈しい判断に走ったことで、「反エリート、反オバマ」の右派ポピュリズム的モメンタムが、根本から倒されたということがあります。

 ですが、それは主要な原因ではないように思います。1つにはティーパーティーの中核に位置していた自営業のオーナーたち(農場主を含む)にとって、ここ半年の間にかなり景気が回復しており、現政権への「怨念」が消えたということがあると思われます。税制に関してもオバマが「ブッシュ減税」を丸呑みしたことで、非難する理由は消えています。

 更には、オバマ政権と共和党の対立点が変化したという問題も重要です。現在のアメリカの政局は、「2020年まで」というタイムスパンで財政再建を行うということを前提に、激しい対立を抱えながらも実務的なパワーバトルに突入しています。こうした政局では、金切り声のペイリンや、放送禁止用語ばかりのトランプの出る幕はないということもあります。

 そんなわけで、既に過去の存在となりつつあるティーパーティーですが、それでは2012年の大統領選へ向けた、共和党の予備選レースはどんな展開になるのでしょうか? 結論からいえば、以降はギングリッジ、ロムニー、ポウレンティーといった実務家が軸となって行くと思われます。そうは言っても、こうした名前というのは何とも地味であり、もしかしたら、共和党は2012年の大統領選への戦闘意欲を失いつつあるのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

三井住友FG、印イエス銀株の取得を完了 持分24.

ビジネス

ドイツ銀、2026年の金価格予想を4000ドルに引

ワールド

習国家主席のAPEC出席を協議へ、韓国外相が訪中

ワールド

世界貿易、AI導入で40%近く増加も 格差拡大のリ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story