コラム

ビンラディン殺害「2つの疑問」とは?

2011年05月02日(月)22時24分

 2011年5月1日深夜、オバマ大統領は長年アメリカが追い続けていたオサマ・ビンラディンを殺害したと発表しました。詳細は既に全世界で報じられていますが、とりあえず2点の「疑問」について簡単に整理しておこうと思います。

 1つは「どうして殺害したのか?」という点です。オバマの発表では海軍特殊部隊を中心としたグループが、パキスタンのイスラマバード近郊にあるビンラディンが潜伏している邸宅に対して「作戦」を実施したところ、銃撃戦となり結果的に殺害したというのですが、恐らくは最初から捕縛は考えていなかったと思われます。では、どうして殺害したのでしょうか?

(1)裁判が厄介です。アルカイダ系の人間で911に直接関与した人間を、ニューヨークで一般の刑事法廷で裁こうとしたこともあるのですが、被告人移送時に仲間が「奪還作戦を行う危険」などを理由として保守派が騒いだために、結局軍事法廷に戻したという過去の例があります。セキュリティの点だけでなく、「悪人に合衆国憲法による弁護人選任の権利を与えるのはイヤだ」などという保守派の「信念」は、国論分裂を招く一方で、とても国際社会に見せられたものではありません。ビンラディンのような大物を「裁く」ような成熟した刑事司法文化をアメリカは持っていない以上、殺すしかなかったのです。

(2)奪還作戦など今後が厄介になります。アッサリ殺してしまったほうが、アルカイダ的なグループの活動を抑える上ではるかに難易度が低い、そうした判断は当然あったでしょう。

(3)アメリカの保守派には、今でも「オバマはイスラム教徒」だとか「オバマは反戦運動家でホンネはアメリカを守る気はない」などというイメージが残っています。オバマの名前で、毅然とした「殺害」を実施することで政治的にそうした批判を根絶することが可能というわけです。

 ではどうしてこの「5月1日」だったのでしょうか?

(1)アフガン増派軍の撤退を7月からスタートするという日程から逆算すると、この時期にビンラディンを殺害しておけば、万事がスムースに行くという計算があると思います。

(2)これに従って、アフガン派遣軍のペトレイアス司令官をCIA長官に、CIAのパネッタ長官を国防長官にという「横滑り人事」を丁度発表したばかりです。そしてゲイツ国防長官の勇退も発表されています。その翌日にビンラディン殺害の成功を報じて、この3人の「戦功」を輝かせるというのは、オバマ流の人心掌握術として恐怖すら感じさせられます。

(3)エジプトとリビアのデモが「高揚しつつ不安定な状況」は避けたかったのだと思います。ビンラディン殺害が、民主化デモを反米デモに変える危険は絶対に排除する必要があったからです。英国のロイヤル・ウェディングが済むのも待たねばならなかったでしょう。「この日」の選択は非常に微妙な中で決まったのだと思います。

(4)オバマの支持者のコアには「大学生」という存在があります。アメリカの大学は5月中旬には夏休みに入ってしまいます。そうなると、大学生はバラバラの存在になってしまいます。その前に「オバマ万歳」をさせておいて帰郷させるというのは夏の政局に大きな影響があるからです。

(5)ここで「殺害成功」として世論を盛り上げておいても、オバマの支持率はやがて下がるでしょう。それでも、もう一度9月には「9・11の十周年」でオバマを主役にする事が可能です。そこまで計算すると、やはりこの5月初旬という時期が効果的という計算があると思います。

(6)6月には仏ニースでのサミットがあります。サミットに近すぎると、フランスでは厳しい警戒が必要になるわけで、逆に遠すぎるとこの「成果」が忘れられた中でのサミットになります。1カ月前というのは丁度良いタイミングだとも言えます。

 いずれにしても、今回の事件は「オバマという政治的怪物」の真骨頂だと言えるでしょう。良い意味でも悪い意味でも、オバマは2期目を射程に入れてきたと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米高裁も不法移民送還に違法判断、政権の「敵性外国人

ビジネス

日銀総裁、首相と意見交換 「政府と連絡し為替市場を

ワールド

ロシア、インドと地対空ミサイルS400の追加供給交

ワールド

中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去最大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 9
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story