コラム

宝塚の事件から群馬の事件へ、「定住外国人へのいじめ」はどう乗り越えれば良いのか?

2010年12月10日(金)11時57分

 群馬県桐生市で10月に小学校6年生の少女が「いじめ」が原因で自殺したというニュースはまだ衝撃の余韻が続いています。また、7月に起きた兵庫県宝塚市での自宅放火事件を起こした中学生の事件も、表面的には躾をめぐる親との確執が伝えられていますが、背景には「いじめ」や「孤立」があるようです。そしてこの2つの事件に共通の問題は、それぞれの子供が両親またはその一方が外国人の親であったということです。

 そう考えると、学校現場で「多文化の共生」が実現していない、この点を問題視してゆかねばならない、理屈から言えばそういうことになります。例えば、今年の1月から2月にかけて文部科学省では、「定住外国人の子どもの教育等に関する政策懇談会」という意見交換会を断続的に行っています。ですが、記録を見る限りでは、議論の中では「ビザの更新時に日本語力をチェックできないか」とか「日本で生きていくのであれば、日本語の習得は必要か?」あるいは「国の移民政策が決まらない」というように、基本的な問題ですら方針がない中で、ただひたすらに「困っている」様子ばかりが伝わってきます。

 1月13日の第2回懇談会では「継承語教育(在日ブラジル人であればポルトガル語をキチンと学ぶ体制のこと)も必要」あるいは「年齢を下げる(6年生の子どもを日本語力に応じて4年生の学級に入れるなど)ことも」などという議論も行われていますが、そこに「少数派である移民の子供をどう日本人児童の集団に受け入れさせるか?」という視点は全く欠けています。自分たちのアイデンティティのため、あるいは帰国後のためにポルトガル語を学んでいる自分より1歳か2歳年上の子と机を並べる、そんな状況において周囲の日本人の子供たちが、あるいは担任がどのように接してゆけば良いのかなどという「高度な」問題を考える余裕は今の文部科学省にはないかのようです。1月29日の第3回懇談会の記録では「教職員免許法に多文化共生は入っていない」という発言が委員からありましたが、正にそのあたりがホンネなのでしょう。

 では、明らかに「人種差別」と言っても良いような定住外国人への「いじめ」に対して、問題視する運動を起こせばいいのでしょうか? 「人権」などのフレームを持ち出して、「差別者」に「悪」のレッテルを貼ったり、問題を政治的に大きくしていけば事態は改善するのでしょうか? これも違うと思います。現代の子供たちは、「被害者であるがゆえに自動的に正義を付与された存在」を正直には受け入れるとは思えないからです。彼等が歪んでいたり悪に染まっているからではありません。現在の大人の社会に強く影響を受けている彼等は、自尊心の衝突や利害の交錯の方にリアリティを見てしまう中で自分たちは「正義という贅沢」に恵まれなかかったという被害者意識を持っているからです。

 では、この懇談会のメンバーが必死で模索しているように「定住外国人への日本語教育」を何とか頑張って向上していけば良いのでしょうか? ここに深刻な問題があります。桐生の例でも、宝塚の例でも恐らくそうですが、この子たちは「日本語が下手くそ」だったからいじめられたり孤立したりしたのではないのだと思います。そうではなくて、定住外国人の家庭に生まれたという環境の中では非常に頑張って日本人同様の流暢な日本語レベルに達していたのではないかと思われます。文部科学省の苦悩に満ちた懇談会メンバーからすれば理想的な子供たちです。

 ですが、それがいけなかったのです。流暢な日本語を話し、流行の話題にもついていけるということは、つまりは「言外のニュアンス」も含めた「場の空気」の「中の人」という扱いを受けることになります。「にもかかわらず」食文化の違いの痕跡があったり、強めに結論を言うくせがあったり、日本人なら知っている「ある種の昔話」を知らないという「微妙な差異」が残っていると、それは激しい「いじめ」の引き金を引いてしまうのです。

 では周囲の子供たちは「悪しき人種差別者」だったのでしょうか? そうではないと思います。現代の若者の「だ、である」調による「タメ口」には、特に中学生以下の若い人々の間では、「言外の空気」による非常に強い同調圧力があります。これは、日本人の集団心理が暴走しているなどということではなく、会話の形式として共通の前提知識を前提とした会話、従って省略の多い会話、言い換えれば「知っていること」「同じ感想を持つこと」が前提となっている会話が「デフォルト」になっていることだと考えられます。例えば「~だよね」と言われれば「でも~」と言えばもう「反逆=敵意」になってしまうので「微妙~」と言って間接的に「ノー」を言うとか、最近では「微妙~」でも強すぎるとかいうメカニズムがあるわけです。

 例外事態への対応能力の欠損ということでは、やや下ネタになりますが、今の小学生が学校で「大便」ができないというのがいい例です。これは「滅菌ブームで人々が異常に清潔好きになったから」などという解説がありますが、違うと思います。大便をして戻ってきた子供が漂わせている「恥ずかしさ」のオーラという「異常事態」に対して「大丈夫だった?」とか多少ユーモラスに対応するストラテジが失われてしまっているのです。結果的には、異常事態・例外事態が「調和を乱した」としてターゲットになるのですが、要するに機転を利かせたコミュニケーションの能力が非常に落ちているのだと思います。

 考えてみれば、定住外国人への「いじめ」にしても日本人同士の「いじめ」にしても、根は同じなのです。前提情報が共有されているという状況に依存した、定型的で極端に省略した会話がもたらす同質感、これが「リアル」の世界でのほぼ唯一のコミュニケーション様式になっている、これがほとんどの問題の根底にあるのです。ネットで匿名になるとコンフリクトが噴出するのは、その裏返しに過ぎません。例外に属する子供が憎いからターゲットになるのではないのです。例外事態が生み出す例外的なコミュニケーションができない、その「場の気まずさ」に耐えられない中で、例外を作った子供をターゲットにしてその他が「いじめ行動」を「同質感への帰属確認」に使うメカニズムがグルグル回っているのです。「同質感への帰属確認」が強く要求されるのは、個々の自尊感情が脆弱だからです。

 この問題の解決法は、コミュニケーション能力を鍛えることに尽きると思います。コンフリクトから逃げないでコンフリクトを直視する、差異を認めて差異を受け止める、その際に「自尊心の相互尊重の言語化」を「デフォルト」にする、そうした会話のストラテジを軸に幼児のレベルから徹底的にやるしかないのです。道徳という規範で縛ってもダメです。価値観が多様化・相対化した社会、個々の利害を個別に調整していかなくてはならない社会になっているのに、日本語が対応するどころか退行していることに問題があるのです。悲惨な「いじめ」の事例は、加害者と被害者が発信するSOSなのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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