コラム

国会開設120周年の重みはどこへ行ったのか?

2010年12月03日(金)14時42分

 11月の29日に日本の国会であった議会開設120年記念式典で、秋篠宮ご夫妻が入場後、天皇皇后両陛下の入場を待つ間、ずっと起立しておられたのに対して、「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」とヤジを飛ばした議員がいたそうです。「みんなの党」の議員がそのヤジのことを憤慨して指摘したところ、各新聞(電子版)はこの「事件」を詳しく伝えていました。

 伊藤博文や山縣有朋が渋り続けた国会開設については賛否両論の対立という歴史的文脈抜きでは語れないわけで、その120周年記念の式典で、図らずも民権派的なカルチャーと、国権派的なカルチャーがぶつかったというのは興味深い事件ではあります。もっとも、皇族への儀礼を問題視したのが反官僚主義の「みんなの党」議員であったという点では、「国家なにするものぞ」という左のエリート主義への反発が根にあり、君主制への親近感が反エリート的なポピュリズムに結びついているとも言えます。

 ですが、そうした対立構図にしても戦前からあったわけですし、君主への親近感と反エリート感情を結びつけるというのは、かなり一般的な図式だとも言えます。ただ、この点に関しては、ヤジの主だとされる(ご本人は皇族方に聞こえるようには言っていなかったと主張しているようですが)民主党の中井洽議員に見られる「皇族を軽視するような言動が一種の反骨という自己実現になる」日本の「左派」カルチャーもまた、無自覚で尊大なところがあり決して褒められた話ではありません。

 その点では、この式典にあたって菅首相が演説の中で、国会開設が「自由民権運動の流れ」だと述べたのも、まるで自分が伊藤や山縣に見られる反議会主義よりも自由民権の立場に立つと言っているようで、正にこの対立構図に乗ってくる図式です。ですが、自身が民意を実現する力量において苦しんでいる中で、「自由民権」などと無責任な野党根性丸出しの発言が出るというのは、相当に無自覚な部類に入るでしょう。無自覚も度を越せば、伊藤や山縣を批判することはできなくなるのではないでしょうか?

 そもそも、国会開設が自由民権の流れというのは国会開設の詔が出た時点のミクロの政局を考えればそうかもしれませんが、その源流は「五箇条のご誓文」や「船中八策」などに求められるべきものだと思います。それはともかくこの事件で私が気になったのは、まるでこの行事が「皇族をゲストに招いての格式ある行事」であり、失礼なことをした議員はケシカランという話ばかりが、与野党からもメディアからも流れてくるという点です。そこには、他でもない国会開設120年という事実の重みに対する理解はありません。

 私は戦後の一連の改革(GHQによるものも独立回復後のものも含めて)によって、国体は連続的に浄化されたという立場を取ります。従って、行政府や終身雇用の官僚システムについては、戦前戦後の連続性はもう少し抑えて考えたほうが良いという立場です。内閣総理大臣について、伊藤博文を初代に数えるのにも抵抗があります。しかしながら、国会に関しては、条件付きの参政権の時代から順次制度を変革してきた伝統が、日本の民主制の基盤になってきたことを思うと、この120年の重みは無視できないように思うのです。

 今回のウィキリークスを通じた米国国務省の外交公電漏洩でも分かるように、世界には不透明な独裁国家がたくさんあります。この外交公電漏洩がどうして問題になるのかというと、それは独裁者相手の秘密外交に関しては、結論までのプロセスはほとんどオープンにはできないからで、それが漏れたということで騒ぎになっているのです。ですが、日本のように公正な公選によって選ばれた議会が立法権を保持している国では、結局のところ民意に背いた決定は不可能です。そのように議会制度が機能していることの安心感、そして重要性というのは、議会制度のある国とない国があるという重い現実を直視すれば自然に理解ができるはずです。

 それにしても、今回の騒動はひどすぎます。国会開設120周年の重みを無視してヤジを飛ばしたり、一方では皇族の権威を借りて政敵に土下座を迫ったり、携帯のスイッチを切り忘れたり、それを材料に懲罰だと脅してみたり、こんな体たらくでは、政治家からは、「国際社会に出せる顔の見えるリーダー」が育つはずがありません。高円宮さまの亡くなられたときに思ったのですが、こんな状況では、重要な国賓の接遇や人道的な国際会議などの場など外交の儀礼的な側面においては、今後も皇族方のコミュニケーション能力に依存するしかなく、皇族方の多忙な公務というのは解消できそうもありません。

 よく考えれば、式次第に反してまで天皇皇后両陛下を起立したままで待とうという秋篠宮さまの判断というのは、国会開設120年の重みを理解されて、この儀式の格式を重視してのことだと言えるでしょう。国会の歴史の重みを他でもない国会議員が理解せず、皇族の方々のほうが余程厳粛に振舞っておられるというのは一体どういう事なのでしょうか? 私は積極的な君主制擁護論者ではありませんが、今回の一連の騒動はどう考えたら良いのか、頭がクラクラして整理がつかない状態です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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