コラム

日本開催のサミット「首脳夫人外交」はどうして「ズレ気味」になるのか?

2010年11月15日(月)10時57分

 洞爺湖サミットでの福田貴代子首相夫人(当時)が主宰した「夫人外交」は、十二単の着付鑑賞であるとか、豪華な茶会という内容がたいへんな悪評を買いましたが、今回のAPECでは政権交代の効果もむなしく「坐禅体験」とか「ハイテク丹後ちりめんファッション」などやはり「ズレ」た企画になっていました。海外から批判を浴びるのであればまだ反省や議論の契機になるでしょうが、今回は、とにかく「無視」されるという結果になっているように思います。

 では、どうして日本の「首脳夫人外交」は「ズレる」のでしょうか? まず官僚組織の企画力が問題です。それを修正しようとすると、まるで「女帝」の「介入」のように思われて迷惑をかけるからと、伸子夫人などは内心バカバカしいと思いながら「乗る」しかなかったのかもしれません。

 日本の官僚組織には、「仕事は男がやるもので、妻は家庭に」という価値観が染み付いていて、今回のAPECなどでは為替やTPPなど通商・金融問題が緊急の課題であるにも関わらず、社会性のあるパフォーマンスを「夫人外交」に絡めるという発想はなかったのでしょう。「十二単」や「坐禅」は「有閑マダム」的な時代遅れのもので、日本の世論とも国際世論とも乖離しているという反省など期待できないのだと思います。

 この点に関しては、洞爺湖サミットの「首脳夫人外交」の事務方を務めた高橋妙子駐韓国公使という女性官僚が、韓国から洞爺湖へ応援に駆りだされた際の証言(在韓日本大使館のホームページに掲載)が参考になります。高橋公使は「首脳達は通常一日中会議室に籠もって議論をしていて、昼食や夕食もワーキング・ランチやワーキング・ディナーになるので、配偶者を別途おもてなしする為のプログラムを用意するのが普通です。それを『配偶者プログラム』と呼びます。」と説明しています。

「配偶者への別途おもてなし」という認識で行われている以上、そこには「首脳が取り組んでいる課題への側面支援としての社会的メッセージ発信」とか「内外の世論とのコミュニケーション」という発想はないのも当然でしょう。ちなみに、今回の坐禅を含めた鎌倉ツアーも「配偶者プログラム」というカテゴリに入っています。「おもてなし」ということですと、私的ニュアンスになるので「プログラム」というカタカナ名称をつければ公金の支出や、警備のために住民の生活に影響が出ることへの批判をかわせる、ここにはそんな計算も感じられます。

 1つ深刻な問題は、取ってつけたような「社会的メッセージ」を夫人外交のパフォーマンスに入れても、日本の「首脳夫人」は国内外の世論を意識しつつ「理想主義がお高く止まった偽善に見えないようにする」コミュニケーション上の訓練を受けていないので、コマとして使えないということがあるかもしれません。その点では、皇室の女性陣は十分な訓練を受けていますが、こちらも強めのメッセージを込めたイベントの場合になると、政治利用を批判されるという難しさがあります。

 世界には多くの異なった価値観があって、強めの価値観から見ると日本では「当たり前」のことが全く別の評価になる、そのことに気づいていないというのも問題です。例えば、女性が動きづらい「十二単」は、現代の価値観からは「コルセットや纏足」と同列の女性蔑視に見えてしまいます。また、坐禅は日本では「信仰への一線を越えた行為」とは思われていませんが、それはあくまで国内の感覚であって、厳格な一神教の立場からは「異教徒の宗教儀式」だと取られかねないと思います。

 その「ZEN」が「クール」だと思われているというのは、アメリカの場合は事実ですが、無神論的な都会のニューエイジ文化の延長で受け止められているだけであって、決して快く思わない人間もいるのです。例えば、その昔来日したレーガン大統領(当時)が中曽根首相(当時)と「五日市の山荘」で一緒に参禅したことがありますが、実はアメリカでは批判があったのです。一部のムスリムの人々にも難しいのではないでしょうか? マレーシアのナジブ首相のロシュマ夫人は鎌倉ツアーに参加していましたが、イスラム法の枠外行為というカテゴリになった途端に自由度が高くなる国ですから例外でしょう。

 ところで、どうして「鎌倉」だったのかというと、何と言ってもメイン会場の横浜に近いこともありますが、まずオバマ大統領に関する「少年時代に立ち寄った大仏」再訪というパフォーマンスが設定され、そのために厳重な警備体制を敷くことが確定、ならばコストと手間を考えると「配偶者プログラム」も同じ鎌倉でということになったのだと思います。オバマ大統領に関しては「広島献花」の期待感が外れた(本人のせいではありません。あくまで保守化したアメリカ有権者からオバマを守るため)ことの「穴埋め」として何らかの日本国内向けパフォーマンスは必要であり、結果的に「鎌倉大仏+抹茶アイス」という企画となったのは仕方がないと思います。

 ちなみに、レーガン=中曽根会談に関しては「饗応が過度」だったという批判もアメリカ側では出ています。首脳本人や配偶者に対して、過度の「おもてなし」を行うことは、国益のせめぎあう外交の渦中では、場合によっては不純な行為という印象を与えるということも知っておくべきでしょう。今回のオバマ夫妻のアジア歴訪に関しても、アメリカでは費用に関する批判も出ています。国際世論を意識しながら、社会的に意味のある行動を協調して行うというのは、こうした懸念に対しても最善なのです。

 今回のAPECでは米国のヒラリー・クリントン国務長官は早々に不参加を表明しており、この会期中はイスラエルとの中東和平交渉に専念して(現時点では不調ですが)います。これは、「宿敵」である中国首脳との接近遭遇を「華麗にスルー」したということに尽きると思います。これに対する中国外交の「軟化メッセージ」がスーチー女史の解放という見方もできます。それはともかく、「首脳夫人」であった時代から社会的メッセージ発信に専念してきた同氏が参加していたら、中身のない「配偶者プログラム」の「ズレ加減」が浮き彫りになったかもしれません。

 1つ救いなのは、外交面でのライバルとして意識してゆかねばならないその中国の指導者は、やはり「夫人外交」には積極的ではないので日本の失態が目立たないという点です。4000年の歴史を通じて皇太后の専横や姻戚の弊害などに苦労してきた中国なりの「生活の知恵」なのでしょうが、例えば次期国家主席への就任が濃厚視されている習近平副主席の夫人あたりは表舞台に出てきそうな気配もあります。ただ、カップル単位での社交の伝統が貧困な日本では、首脳夫人外交の今後を心配するぐらいなら、女性のリーダーを育てていった方が「まともなメッセージ発信」は簡単かもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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