コラム

京アニ事件であり得たはずの「防ぐ手立て」...無敵の人の「論理」を読む

2025年07月31日(木)15時38分

人間不信となった青葉はコンビニ退職後に単発の派遣労働を経験するが長続きせず、27歳の頃に無職に。青葉は「就職氷河期世代」に当てはまっていた。音楽の世界で生きていく夢を諦め、貧困のどん底に沈み自暴自棄な行動に出る。見ず知らずの女性宅に忍び込み、暴行の容疑で逮捕された。

電気が止められアダルトサイトを閲覧できなくなり「性欲に困った」末の犯行だった。「お金がない。友達もいない。人生どうでもいい。生きていても意味がない」と逮捕後の取り調べでこぼしたという。

そんななか京アニの『涼宮ハルヒの憂鬱』に出会い、衝撃を受ける。自分でも作品を書けるかもしれないと生きる支えができた。「小説に全力を込めれば、暮らしていけるのではないか」(第4回公判)。

しかしコンビニ強盗で実刑を科され、収容先の刑務所で精神疾患と診断される。小説は評価されず、次第に京アニに「パクられた」と思うようになる。「底辺」を自称し、力でねじ伏せて黙らせるという論理を持つ人に対し、どうすればよかったのか? 事件を防ぐ手だてはなかったのか?


京都新聞はそこにも重きを置く。実は凶行直前、精神疾患の症状が一進一退するなか、青葉は福祉とつながりを絶っていたという。福祉関係者は「『トラブルメーカー』として地域社会から排除される。それが症状の悪化につながり、さらなる問題行動を起こしてしまう」と悔しがる。

同様の症状で周囲の力を得て更生の道を歩む男性のケースも紹介されていた。青葉は「人とのつながりが完全になくなったとき、犯罪行為に走る」と法廷で言葉を残している。

悲しみをなくすのは簡単ではないが、答えへの「道筋」を示し、事件と向き合い続けるのが「地元紙の使命」だと京都新聞は結んでいる。受け止める社会の側も同じではないか。犯人の論理を追うのが苦手でも、知らなくてはいけないことはある。

※イラストは編集部の新しい試みとして画像生成AI 「DALL-E3」で作成されています。

ニューズウィーク日本版 トランプ関税15%の衝撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月5日号(7月29日発売)は「トランプ関税15%の衝撃」特集。例外的に低い税率は同盟国・日本への配慮か、ディールの罠

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

プチ鹿島

1970年、長野県生まれ。新聞15紙を読み比べ、スポーツ、文化、政治と幅広いジャンルからニュースを読み解く時事芸人。『ヤラセと情熱 水曜スペシャル「川口浩探検隊」の真実』(双葉社)、『お笑い公文書2022 こんな日本に誰がした!』(文藝春秋)、『芸人式新聞の読み方」』(幻冬舎)等、著作多数。監督・主演映画に『劇場版センキョナンデス』等。 X(旧Twitter):@pkashima

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人

ワールド

プーチン氏、対ウクライナ姿勢変えず 米制裁期限近づ

ワールド

トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命令 メ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 8
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    ニューヨークで「レジオネラ症」の感染が拡大...症状…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story