最新記事

BOOKS

相模原障害者殺傷事件、心底恐ろしい植松聖死刑囚の姿勢

2020年8月14日(金)11時40分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<朝日新聞取材班による裁判員裁判の取材と植松被告との面会記録。本書を読んで特に際立っていると感じたのは、被告の偏りすぎた価値観と根拠のなさ、それに伴う思い込みの強さだ>

神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」において、死傷者45人を出した大量殺傷事件が起きたのは2016年7月のこと。つまり、この夏で4年が経過したことになる。

時の経過の速さに驚かされるばかりだが、植松聖容疑者に死刑判決が言い渡されたからといって、この事件が"解決"したわけでは決してない。

被害者遺族の胸中に今も被害者への思いが残り続けていることは間違いなく、そもそも植松容疑者が「なぜ」こうした行動に至ったのか、その真意についていまだ不明確な部分も多いからだ。

今年7月に刊行された『相模原障害者殺傷事件』(朝日新聞取材班・著、朝日文庫)は、その真相に迫ったノンフィクションである。事件の1年後にまとめられた『妄信』(朝日新聞出版)の続編。

横浜地裁で今年1〜3月に行われた裁判員裁判を軸としながら、取材班による被告との面会記録を含め、朝日新聞本誌と神奈川版に掲載された記事に加筆したものだ。


 取材班にとって、裁判は隔靴掻痒(かっかそうよう)だった。断片的だが重要な事実がところどころで明らかにされるのに、検察官も弁護人も私たちが期待するほどには深く掘り下げることをせず、審理は出来事の表層をなぞるようにして進んだ。
 被告にもっと深く質問を重ねてほしい、もっと関係者を広く呼んで事実関係を明らかにしてほしいと感じた瞬間は、一度や二度ではなかった。(「まえがき」より)

しかしそれでも、知られざる多くの事実が法廷で明らかにされることにはなった。報道だけでは知り得ない、被告のさまざまな側面が見えてくるのである。

とはいえ、それでも解消できない疑問はやはり多い。そこがこの事件の厄介なところだと感じる。端的に言えば、植松被告の考え方やそれに伴う行動は、一般常識から乖離しすぎていて理解しづらいのだ。

特に際立っているのは、偏りすぎた価値観と根拠のなさ、それに伴う思い込みの強さである。

いい例が、重度障害者を「心失者」という造語で十把一絡げにしている点だ。そのことについてはたびたび報道されているが、本書に収録された取材班の問いかけに対する(自信に満ちた)答えにも、何度読み直したところで理解できない部分がある。

例えば以下は、2018年10月4日に横浜拘置支所で行われたという面会の記録である。


――「心失者」とそうでない人で分かれるのは、障害の程度の差か
 そういうことです。理性と良心を持たないのが「心失者」です
――理性と良心を持たないとは具体的にはどういうことか
 自分のことしか考えていないこと
――裁判に向けての心境は
 裁判のことは今は考えていません。いつになるとも聞いていないですし
――責任能力があると診断されたと聞いている。それについてはどう思うか
(※精神鑑定結果を踏まえ、検察が責任能力を問えると判断して起訴していた。裁判所の依頼による2度目の鑑定でも、1度目と同趣旨の結果が得られた)
 責任能力がなかったら死刑にすべきです
――つまり、「責任能力がないイコール心失者」ということか
 はい。人間じゃないから、心失者ということです(60~61ページより)

【関連記事】45人殺傷「津久井やまゆり園」植松被告が示す大量殺人犯の共通点

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:アマゾン熱帯雨林は生き残れるか、「人工干

ワールド

アングル:欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 10
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中