コラム

大江千里が綴る、コロナから「生還」したニューヨークに響く復活の歌

2021年07月16日(金)17時40分

ブルックリンの路上にカラフルな音がはじける(筆者撮影) SENRI OE

<ワクチン接種が進み、経済活動が再開したニューヨーク。日本の現状の先を行くこの街で、大江千里が見た思いがけない世界とは――>

ニューヨークの街や人の心が開いてきた。街に住む人の内に秘めたエネルギーが膨らんで音になる。信号待ちの車の開け放たれた窓から、手持ちの大きなラジカセから、手元の携帯から、大きな音を鳴らすやんちゃなニューヨーカーたちがよみがえってきた。

まるでニューヨークというトレインが地下から地上へ出てきて一気に希望の光を浴びて走っているようだ。静から動へ。笑う声、エンジンを吹かす音、自転車のブレーキ、バスのクラクション、そしてアイスクリーム屋の車両から聴こえるメロディー(『タイタニック』だったりする)。

救急車のサイレン一辺倒だった日々から色彩豊かな音に囲まれるのが、こんなにも心躍るものなのかと再発見する。当たり前の音にあふれた日常が戻る、ただそれだけでこんなにウキウキするなんて、コロナ禍前の自分には想像もできなかった。

地下鉄や路上や公園で演奏やアートの実演をする人も増えてきた。

昔、道のあちこちにチョークで円を描き、その中に立つと幸せになれるという『幸せの場所』と題したインスタレーションをしていたコロンビア人の画家がいた。僕が円から円へケンケンでたどっていると、その随分先に、ゴールの幸せの絵を描く彼がいた。僕らが仲良くなるのに時間は要らなかった。

そんな彼は、母国に引き揚げたのち随分してから「やっぱりやりたい」とニューヨークへ舞い戻り、今は抽象的でカラフルな絵に詩を付けて発表している。

ニューヨークにはアートを通しての出会いがいっぱいある。路上での演奏には許可が必要だ。

地下鉄の構内はMTA(ニューヨーク州都市交通局)の管轄で、オーディションが毎年春に開催される。ストリートパフォーマンスには許可は要らないが、拡声器を使用する場合にはサウンド機器の許可申請が必要で、手数料は45ドル。公園でのパフォーマンスにはニューヨーク市公園局のイベント許可申請が必要で、こちらは25ドル。

街じゅうがターンテーブル

僕もジャズ大学生だった頃、スイス人のベースと日本人のバイオリンと路上演奏をやっていた。ワシントン・スクエア・パークで一度ひどい夕立に遭い、凱旋門の下に駆け込んだら、地下の排水溝のライトが凱旋門のカーブを照らしていた。

その様子があまりに綺麗で「雨がやんだらここでやろう」と手ぐすね引いて待ち、すぐさま場所取りをして演奏を再開させた。僕が覚えている、人生で最も心が震える瞬間の1つだった。

雨上がりのまだぬれた景色や人に、音がゆっくり伝わり染み込んでいくのが手に取るように分かった。僕のピアニカを指差して「これ何ていうの?」と尋ねる子供、恥ずかしそうに1ドル札を置いていく人、あんなふうにまた、自分の作る音楽が人を笑顔にできればいいなと思う。

「おっと」。満員のバスの中、大音量で携帯着信音のラップを鳴らし焦って手で押さえる人がいたら、周りは逆にそれに合わせてうれしそうに体を揺らす。街路樹の鳥までもが、ファンキーに首を振りさえずりしているようにも見えてくる。

ニューヨークは街じゅうがターンテーブル、全ての人から「音楽が聴こえる街」だ。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

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