コラム

忘却される「ブラジルらしさ」の反乱、血と暴力に彩られた寓話『バクラウ 地図から消された村』

2020年11月27日(金)17時50分

血と暴力に彩られた現代の寓話『バクラウ 地図から消された村』

<SF? 西部劇? ホラー?......ブラジルの俊英が、血と暴力に彩られた独自の世界を切り開く......>

ブラジルの俊英クレベール・メンドンサ・フィリオ監督の新作『バクラウ 地図から消された村』では、謎めいていて狂気をはらみ、血と暴力に彩られた世界が切り拓かれる。

その舞台になるのは、ブラジルのペルナンブコ州西部にある村バクラウ。村の長老だった老婆カルメリータが亡くなり、葬儀を行うために遠方からも家族や村人が故郷に戻ってくるが、時を同じくして不可解なことが次々と起こり始める。

突然、村はインターネットの地図上から姿を消し、上空には正体不明の飛行物体が現れる。村に貴重な水を運ぶ給水車のタンクに銃弾が撃ち込まれ、村外れの牧場では住人たちが血まみれの死体となって発見される。地図から消えた村をよそ者の男女のバイカーが訪れ、やがて謎の殺人部隊が村を襲撃しようとしていることがわかってくる。

SF? 西部劇? ホラー?...... 独自の世界観

この物語が意味するものや独自の世界観を言葉で具体的に表現するのは簡単ではないが、フィリオ監督の発言がヒントになるかもしれない。彼は海外のインタビューで、カンヌ映画祭でともに注目を集めたポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』と本作が、いとこ同士のように思えたと語っている。

確かにこの二作品には共通点がある。『パラサイト〜』は、サスペンスやコメディ、ホラーなどジャンルを自在に越境することで、独自の世界を切り拓いた。本作も、冒頭に出る「今から数年後...」というテロップを踏まえるならSFともいえるし、村人とバイカーや殺人部隊との対立の図式には明らかに西部劇が意識されているし、暴力描写にはホラーの要素が色濃い。

共通点はスタイルだけではない。『パラサイト〜』は、"半地下住宅"に注目し、掘り下げることで、歴史も視野に入れた韓国社会の現実をドラマに反映させ、視覚的な効果にも結びつけ、格差を浮き彫りにした。本作にも同様のことがいえる。

本作の冒頭では、画面に地球が映し出され、ブラジル北東部の奥地が拡大されていく。その後、本編が始まると「ペルナンブコ州西部」というテロップも出るが、フィリオ監督が掘り下げようとするのは、必ずしもそこまで限定された場所ではない。

そのブラジル北東部の奥地がどんな世界なのかを知るには、丸山浩明『砂漠化と貧困の人間性--ブラジル奥地の文化生態--』がとても参考になる。そこから本作と接点がある要素を抜き出していくと以下のようになる。

oba1127b.jpg

『砂漠化と貧困の人間性─ブラジル奥地の文化生態─』丸山浩明(古今書院、2000年)

北東部の奥地は、白人入植者や先住民のインディオ、黒人奴隷など、人種・文化の混交地帯で、かつて牧畜業が発展した。昔からしばしば大規模な干ばつに見舞われ、飢えに苦しむ人々の都会への大量流出を繰り返してきた。カンガセイロと呼ばれる匪賊になる者もいた。干ばつの窮状が狂気や狂信を生み、大規模な反乱を起こして権力者に立ち向かうこともあった。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 9
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 10
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story