コラム

忘却される「ブラジルらしさ」の反乱、血と暴力に彩られた寓話『バクラウ 地図から消された村』

2020年11月27日(金)17時50分

本作は、登場人物のひとりであるテレサが葬儀のために故郷に戻ってくるところから始まり、長老の息子の挨拶も、家族が国内や海外の各地に散らばるように暮らしていることを物語る。村人の葬列からは、様々な人種が入り混じっていることを見てとれる。村人たちは水をめぐって、再選を狙う悪徳市長と対立している。

かつて牧畜業が発展したことは西部劇と結びつく。牧場の住人が惨殺され、危機を察知した村人は、懸賞金をかけられて追われる犯罪者ルンガとその仲間に協力を求めるが、彼らはカンガセイロを連想させる。村にある歴史博物館には、「バクラウでの反乱を制圧」という見出しの古い新聞記事が展示されている。

しかし、単純に奥地の歴史が反映されているだけではない。前掲書では、ブラジルが植民地時代から西欧社会に目を奪われ、北東部の奥地を置き去りにしたまま、海岸部の都市域のみで近代化を推進してきたという歴史の歪みも指摘されている。本作にも、「不可視」がキーワードになるような独特の表現で、同様の視点が巧妙に埋め込まれている。

謎の殺人部隊は英語でやりとりする外国人で占められ、西欧社会と結びつく。彼らはハイテクを駆使してバクラウを地図から消し去り、実際に村人を消し去ることも容易いと高をくくっている。

一方、村人にとっても不可視は、殺人部隊の認識とは異なる意味で、身近なものになっている。"バクラウ"には夜行性の鳥という意味もあり、実際、村人は不穏な動きを察知すると結束して身を隠す術を身につけている。つまり、村の名前は、姿は見えなくとも確かに存在するというメッセージになっている。

村を訪れる男女のバイカーはブラジル人だが、富裕層が暮らす南部の出身で、バクラウの村人を同胞とはみなしていない。そんな分断も不可視と結びつけることができるだろう。

急速に忘却される「ブラジルらしさ」の反乱

本作では、そんな図式が異様な緊張感を生み、血で血を洗う惨劇へと発展していくが、そこに至る過程で、もうひとつ見逃せない要素がある。前掲書では、深刻な問題を抱える北東部の奥地の別の側面が、以下のように表現されている。


「しかし、そこは同時にブラジルの基層文化を形成し、古きよき時代のブラジル人気質、ブラジルらしさ、ブラジルの独自性を色濃く残す、いわばブラジル人にとっての心のふるさとのような神話的世界でもある。言い換えれば、欧米的な価値観や生活様式に呑み込まれて過去の遺産やブラジルらしさを急速に忘却していく、沿岸部の都会中心の文明化や近代化に常に対峙して警笛を鳴らし続けてきた、まさに叛乱の奥地と位置づけることもできる」

フィリオ監督は、導入部の葬列や葬儀、村人の生活や音楽、彼らに力をもたらす謎の薬や歴史博物館の展示物などを通して、特有の文化を描き出し、クライマックスに鮮やかに集約している。

《参照/引用文献・記事》
●'Bacurau' Director Discusses Genre Filmmaking & Why His Film And 'Parasite' Are "Cousins" [Interview] by Jordan Ruimy|The Playlist.net (March 18, 2020)

『バクラウ 地図から消された村』
11月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開
©2019 CINEMASCOPIO - SBS PRODUCTIONS - ARTE FRANCE CINEMA

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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