コラム

80年代のマフィア戦争から歴史的な大裁判、『シチリアーノ 裏切りの美学』

2020年08月27日(木)15時45分
80年代のマフィア戦争から歴史的な大裁判、『シチリアーノ 裏切りの美学』

『シチリアーノ 裏切りの美学』(C)IBC MOVIE/KAVAC FILM/GULLANE ENTRETENIMIENTO/MATCH FACTORY PRODUCTIONS/ADVITAM (C)LiaPasqualino

<コーザ・ノストラに忠誠を誓った男は、なぜ「血の掟」を破り、政府に寝返ったのか?...... >

実話に基づくイタリアの巨匠マルコ・ベロッキオの新作『シチリアーノ 裏切りの美学』では、イタリアのパレルモを主な舞台に、1980年から90年代半ばに至るシチリア・マフィア、コーザ・ノストラの激動の時代が描き出される。

80年代初頭、新興マフィアのコルレオーネ派と伝統的マフィアのパレルモ派の間で、麻薬取引をめぐる対立が深まり、冷酷なコルレオーネ派は逆らう者たちを次々に抹殺していく。抗争を避けてブラジルに暮らすパレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタは、兄を殺され、国に残してきた前妻の息子たちも行方不明になり、自身も逮捕される。

ブラジルで激しい拷問を受け、イタリアの司法当局に引き渡されたブシェッタは、反マフィアの先頭に立つファルコーネ判事から協力を求められる。護送中に自殺を図ったブシェッタは、最初は証言を拒むが、やがてマフィアが守るべきオメルタ(沈黙の掟)を破り、その証言が突破口となって史上最大ともいわれる大裁判が開かれる。だが、その後も捜査の手を緩めず、政界にもメスを入れようとしたファルコーネは、92年に高速道路に仕掛けられた爆弾によって殺害されてしまう。

「長い1980年代」からのパレルモの解放

本作の見所は、血で血を洗う抗争や狂乱の大裁判だけではない。その最晩年までブシェッタの視点を中心に展開する物語は、一連の事件の全体像や歴史的な位置づけを頭に入れておくと、より興味深いものになる。第二次大戦以後のパレルモにおけるマフィアと反マフィアの関係、その歴史を綴ったジェーン・C・シュナイダーとピーター・T・シュナイダーの『Reversible Destiny: Mafia, Antimafia, and the Struggle for Palermo』(03)は、それを知るうえでとても参考になる。

ブシェッタがこの世を去るのは2000年のことだが、同じ年、パレルモでは国際組織犯罪防止条約の署名会議が開かれ、パレルモ・ルネサンスとして称賛された。かつて「マフィアの中心地」だったパレルモは、90年代末に「反マフィアの中心地」であることを世界にアピールするようになった。

この大きな変化の鍵になったのが、「長い1980年代」からのパレルモの解放だ。1978年から92年にかけて、コルレオーネ派がパレルモの伝統的マフィアを潰しにかかり、毎年100人かそれ以上の命が奪われた。その原因は麻薬取引だったが、シチリアではマフィアが地域社会に根を下ろし、国や地方の政治と絡み合っていたため、多くの人々がそれをシチリアの「運命」と考えていた。

しかし、シチリア社会も国際情勢も変化しつつあった。建設産業を牛耳るマフィアは、労働者を支配していた。本作にも、裏切り者となったブシェッタが、「仕事をくれるマフィア万歳」というプラカードを掲げた労働者たちのデモ行進を目にする場面がある。その一方で、増加する中流階級が、反マフィアの原動力となり、運動を広げていた。

過去20年間の警察と司法の取り締まりや社会運動は、戦後シチリア社会の近代化の産物であり、特にパレルモでは教育を受け、専門化された社会集団が急増していた。そうした社会集団は、政治的、文化的な活動を通して、「名誉ある男」とされてきたマフィアを犯罪者と呼ぶなど、組織犯罪を容認する地元の慣習に異議を唱えるようになった。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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