コラム

激動の中国、一人っ子政策に翻弄される夫婦の30年『在りし日の歌』

2020年04月02日(木)15時45分

夫婦の物語は深い感動をもたらす『在りし日の歌』(C)Dongchun Films Production

<80年代から2010年代に至る激動の時代を背景に、一人っ子政策に影響を受けた二組の家族の軌跡が描かれる......>

中国第六世代を代表するワン・シャオシュアイ監督の新作『在りし日の歌』では、80年代から2010年代に至る激動の時代を背景に、二組の家族の軌跡が描かれる。ワン監督は、フラッシュバックを多用する緻密な構成によって、対照的な運命をたどる彼らの複雑な心情を炙り出していく。

激動の中国、描かれない背景を想像してみる

3時間を超える本作の導入部では、主人公たちの人生を変える悲劇とその後の困難な生活が、矢継ぎ早に描き出される。

ヤオジュンとリーユン夫妻は、ひとり息子のシンと地方都市で平穏な暮らしを送っていた。だが、そのシンが、幼なじみのハオと川遊びをしているときに命を落としてしまう。それから数年後、舞台は寂れた漁港に変わっている。ヤオジュンとリーユンは、シンと名付けた養子の息子と暮らしているが、反抗期を迎えたシンは家に寄り付かなくなり、親子の溝が深まっていく。

そんな状況が物語の出発点になり、フラッシュバックによって悲劇に至る過程を明らかにし、その後の空白部分を埋めつつ、その先へと展開していくことになる。

80年代半ば、ヤオジュンとリーユンは、インミンとハイイエン夫妻と同じ国有企業の工場で働き、同じ宿舎に暮らしていた。二組の夫婦には、偶然にも同じ年の同じ日に生まれた息子がいた。夫婦はお互いに相手の息子の義理の父母になる契りを交わし、息子たちは兄弟のように育った。

この80年代のドラマで印象に残るのは、彼らが働く工場の放送を通して一人っ子政策のプロパガンダが行われていることだ。それを耳にするリーユンの心は穏やかではない。彼女は第二子を身ごもり、それを夫婦だけの秘密にしていた。彼らにとって最も身近な存在であるハイイエンは、工場の副主任であるだけでなく、計画生育行政組織の指導員も務めていた。彼女が知れば、夫婦が窮地に立たされるだけでなく、彼女自身も責任を問われる。

そんな問題から二組の家族の関係がもつれだし、やがて冒頭の悲劇へと繋がり、その後の運命が明と暗に大きく分かれていく。改革開放の波に乗って豊かさを手にするものの、良心の呵責に苛まれつづけるインミンとハイイエン、息子のハオ。そして、悲劇に見舞われ、苦難を背負いながらも、ともに生きるヤオジュンとリーユンの姿には、心を揺さぶられる。

しかし、この夫婦の物語は深い感動をもたらすだけではない。そこに描かれない背景を想像してみる必要がある。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金正恩氏が列車で北京へ出発、3日に式典出席 韓国メ

ワールド

欧州委員長搭乗機でGPS使えず、ロシアの電波妨害か

ワールド

ガザ市で一段と戦車進める、イスラエル軍 空爆や砲撃

ワールド

ウクライナ元国会議長殺害、ロシアが関与と警察長官 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 2
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあるがなくさないでほしい
  • 3
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世界的ヒット その背景にあるものは?
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 6
    BAT新型加熱式たばこ「glo Hilo」シリーズ全国展開へ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    就寝中に体の上を這い回る「危険生物」に気付いた女…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    シャーロット王女とルイ王子の「きょうだい愛」の瞬…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story