コラム

パレスチナとイスラエルの対立を知的なコメディで描く『テルアビブ・オン・ファイア』

2019年11月21日(木)16時15分

パレスチナ問題を意外性に満ちたアプローチで描き出す...... 『テルアビブ・オン・ファイア』

<イスラエル出身のパレスチナ人監督が、パレスチナ問題を意外性に満ちたアプローチで描き出す知的でひねりの効いたコメディ......>

イスラエル出身のパレスチナ人監督サメフ・ゾアビが共同脚本も手がけた『テルアビブ・オン・ファイア』は、パレスチナとイスラエルの対立を意外性に満ちたアプローチで描き出す知的でひねりの効いたコメディだ。

毎日、検問を通るエルサレムに住むパレスチナ人に起きた出来事......

物語はいきなり劇中劇から始まる。間もなくそれが、ヨルダン川西岸地区の中心都市ラマッラーで、パレスチナ人が製作している連続TVドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の一場面だとわかる。

その舞台は1967年、第三次中東戦争前夜のテルアビブ。ヒロインは、スパイとして街に送り込まれたパレスチナ人女性マナル。彼女は、同志で恋人でもあるマルワンの指示に従い、フランスから来たユダヤ人移民ラヘルを名乗ってイスラエルの将軍イェフダに接近し、戦争の機密書類を盗み出そうとする。

本作の主人公は、叔父のバッサムがこのTVドラマのプロデューサーだったことから、アシスタントとして働くことになったサラーム。彼は現場で、雑用やヘブライ語の言語指導を担当している。ヘブライ語ができるのは、彼がエルサレムに住むパレスチナ人だからだ。そのため彼は毎日、検問所を通ってラマッラーに通っているが、そこで彼の運命を変える出来事が起こる。

検問所の女性兵士に誤解を招くような質問をしたサラームは、不審者としてイスラエル国軍司令官アッシの前に引き出される。だが、咄嗟に「テルアビブ・オン・ファイア」の脚本家だと嘘をつくと、相手の態度が変わる。メロドラマでもあるこの番組は、パレスチナでもイスラエルでもご婦人方に大人気で、アッシの妻も夢中になっていた。

脚本家を知っていると妻に自慢したアッシは、検問所を通るサラームを呼び止め、将軍がもっとリアルになるアドバイスをする。そのおかげで将軍の台詞を任され、脚本家への足がかりをつかんだサラームも、アッシに頼るようになる。だが、次第にアッシの要求がエスカレートし、ついにはラヘルと将軍の結婚というどう考えても無理がある結末にすることを約束させられ、追い詰められていく。

イスラエル国内のパレスチナ人の複雑で微妙な立場

本作でまず注目したいのは、イスラエルで生まれ育ち、テルアビブ大学で学んだゾアビ監督のバックグラウンドだ。彼はアラビア語もヘブライ語も話せ、パレスチナとイスラエルの日常をよく理解している。だから双方の生活を反映させた世界を構築できるということももちろんあるが、ここでより重要になるのは、イスラエルのパレスチナ人の複雑で微妙な立場だ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相の解散判断「容認」、議員定数削減前でも=吉

ワールド

米が111億ドルの武器売却手続き開始、台湾国防部発

ワールド

トランプ米政権、一部帰化者の市民権剥奪強化へ=報道

ワールド

豪ボンダイビーチ銃撃、容疑者親子の軍事訓練示す証拠
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story