コラム

圧倒的な緊迫感で「シリア」のメディア戦争を描く『ラッカは静かに虐殺されている』

2018年04月13日(金)19時00分

現代のメディア戦争を異様な緊迫感で描き出す『ラッカは静かに虐殺されている』 (c)2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC

<世界的な注目を集めるドキュメンタリー作家が、ISによって制圧されるシリア・ラッカの惨状を伝える市民ジャーナリスト集団の活動に迫る>

このコラムでも取り上げた『カルテル・ランド』(15)で世界的な注目を集めるドキュメンタリー作家となったマシュー・ハイネマン。それにつづく新作『ラッカは静かに虐殺されている』では、武装殺人集団と化した麻薬カルテルによって市民が脅威にさらされるメキシコから、内戦の混乱に乗じて台頭する「イスラム国(IS)」によって市民が脅威にさらされるシリアへと舞台が変わる。

ISの標的になる市民ジャーナリスト集団

2014年6月、ISによって制圧され、首都とされたシリア北部の街ラッカでは、残忍な公開処刑が繰り返され、市民は死の恐怖と隣り合わせの生活を強いられていた。そこで、外部から遮断され、海外メディアも報じることができない惨状を国際社会に伝えるため、市民ジャーナリスト集団"RBSS(ラッカは静かに虐殺されている)"が秘密裏に結成される。

RBSSは、メディアを駆使するISのプロパガンダに対抗して、スマホを武器に街の実情を次々とSNSに投稿し、海外メディアがそれを取り上げるようになる。だが、RBSSの発信力に脅威を感じたISは、RBSSのメンバーの捜索に乗り出し、彼らを暗殺していく。

この映画では、ISの標的となり、トルコとドイツに出国して活動をつづけるメンバーたちが主人公になる。ハイネマン監督は、「ニューヨーカー」誌に掲載された記事でRBSSの存在を知り、彼らと行動をともにし、ISとのメディア戦争に迫る作品を完成させた。

家族や仲間を殺され、常に命の危険にさらされる

この映画でまず注目しなければならないのは、その独自の構成だろう。RBSSは活動が評価されて、2015年度の国際報道自由賞を受賞するが、この物語はいきなりその授賞式の場面から始まる。その会場は華やかな空気に包まれているが、正装したメンバーとそこに集まった人々の間には微妙な距離がある。

英語ができるためRBSSのスポークスマンとなったアジズは、彼を取り巻く関係者たちと和やかに会話しているように見えるが、その場に溶け込んではいない。RBSSのカメラマンを務めるハムードは、写真撮影で笑顔を求められても、表情を崩すことはない。そして、スポークスマンのアジズがステージに立ち、受賞のスピーチを始めるところで、物語は過去へとさかのぼり、終盤で再びスピーチに戻る。

その過去の物語ではもちろん、この賞に値するようなRBSSの活動が描き出される。ラッカに残った国内組が写真や動画を撮って送る。それを受け取ったトルコやドイツの国外組が、国内組の安全に配慮する編集を施し、世界に発信する。その国外組も決して安全ではない。いくら隠れ家を変えてもISは居場所を突き止め、彼らの名前を公表し、家が写った写真をネットに上げ、警告のメッセージを送りつけてくる。実際に暗殺事件も起こり、彼らは激しいショックを受ける。

一方、ラッカでは、ISが地下に潜ったメンバーを狩りだすために、検問所を設け、身体検査を行い、携帯を調べ、記録装置を探す。衛星回線の信号を追跡するISの車両が街を巡回する。ついには衛星アンテナの使用を禁じ、ネットカフェも閉鎖し、あらゆる手段で情報を送らせまいとする。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は大幅続落し4万2000円割れ、半導

ワールド

韓国、北朝鮮向けラジオ放送「自由の声」停止

ワールド

上海協力機構を新たなレベルに引き上げる=中国主席

ワールド

中国の役割重要、多国間主義維持で=国連事務総長
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマンスも変える「頸部トレーニング」の真実とは?
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シャロン・ストーンの過激衣装にネット衝撃
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    「体を動かすと頭が冴える」は気のせいじゃなかった⋯…
  • 6
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    就寝中に体の上を這い回る「危険生物」に気付いた女…
  • 9
    シャーロット王女とルイ王子の「きょうだい愛」の瞬…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 9
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story