コラム

麻薬取引は、メキシコの重要な「産業」だ

2016年04月30日(土)15時30分

これまでに約12万人以上の死者を出している〝メキシコ麻薬戦争”を追った『カルテル・ランド』(c) 2015 A&E Television Networks, LLC

メキシコの麻薬戦争を追った衝撃のドキュメンタリー『カルテル・ランド』

 ニューヨークを拠点に活動するマシュー・ハイネマン監督『カルテル・ランド』は、以前コラムで取り上げたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』と同じように、メキシコの麻薬戦争を題材にしている。ただしこちらは、劇映画ではなくドキュメンタリーである。

【参考記事】アメリカ本土を戦場化する苛烈なメキシコ麻薬「戦争」

 武装殺人集団に変貌を遂げたメキシコの麻薬カルテルは、一般市民も巻き込み、国家の基盤をも揺るがしかねない脅威となっている。ハイネマン監督は、そんな状況のなかアメリカとメキシコでそれぞれに行動を起こしたふたりの市民に注目する。彼らは、政府や警察がなにもできないのなら、自分たちの生活は自分たちで守るしかないと考え、自警団を結成し、麻薬カルテルに対抗していく。

麻薬カルテルと不法移民を一緒くたにするアメリカ側

 しかし、この映画に描き出されるのは、必ずしも麻薬カルテルと自警団の戦いではない。ハイネマンは、自分が巻き込まれてもおかしくない緊迫した状況に何度も遭遇しながら彼らの行動に密着し、複雑な背景や感情を炙り出していく。

 アメリカ側の舞台になるのは、アリゾナ州のアルター・バレー。退役軍人のティム・"ネイラー"・フォーリーは、"アリゾナ国境自警団"を結成し、仲間たちと武装してメキシコ国境沿いをパトロールしている。だが、彼の発言と実際の行動にはズレがある。彼は、国境を越えてくる凶悪な麻薬カルテルの脅威を声高に主張するが、自警団が捕らえているのはより良い生活を求める不法移民ばかりなのだ。そんな行動の背後には、移民に仕事を奪われる不安が見え隠れする。彼は麻薬カルテルと不法移民を一緒くたにし、差別的な感情にとらわれているといえる。

 これに対して、メキシコ側のドラマは予想もしない展開を見せる。舞台となるメキシコ中西部のミチョアカン州では、麻薬カルテル"テンプル騎士団"による抗争や犯罪が横行し、一般市民を巻き込んだ殺戮が繰り返されている。そこでホセ・ミレレスという地元の医師が立ち上がり、自ら銃を手にして自警団を結成する。彼はカルテルに支配された地域を回り、カリスマ的な指導力を発揮して住民たちの支持を集めていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ

ワールド

米上院議員が戦争権限決議案、トランプ氏のイラン軍事

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電

ビジネス

パリ航空ショー、一部イスラエル企業に閉鎖命令 イス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story