コラム

身長13センチになれば、この時代の生きづらさが解消する!? 映画『ダウンサイズ』

2018年02月27日(火)16時00分

初期の『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)では、主人公の教師が上昇志向の塊の女子生徒に翻弄され、仕事も家庭も失う。そんな彼は自然史博物館に就職し、そこに展示されている原始人のジオラマが異なる視点を提供する。『アバウト・シュミット』で、定年退職し、妻に先立たれ、娘の結婚を阻止する目的を果たせなかった主人公は、式の帰りに開拓者を記念した博物館に立ち寄り、開拓者のジオラマに見入る。

『サイドウェイ』で、前妻への未練を断ち切れないままワイナリーを旅する主人公には、ピノ・ノワールに対する深いこだわりがある。ワイナリーのレクチャーでは、この品種が、ブルゴーニュで古代から栽培され、その遺産を引き継いでワイン造りが行われていると説明され、主人公も「地球の太古の味だ」と表現する。

ハワイを舞台にした『ファミリー・ツリー』の主人公は、事故で意識不明の妻が浮気していて、離婚も考えていたことを知ってあたふたする一方で、王の血を引く先祖から受け継いできた土地を売却する決断を迫られている。売却すればハワイ最後の自然が失われる。さらに映画の最後で、父親と娘たちが見ているのが、ドキュメンタリーの『皇帝ペンギン』だとわかることで、連綿とつづく生の営みが強調される。

つまり、ペインは、目先の問題であたふたする男たちを、個人を超えた大きな視野からとらえてもいる。それを踏まえるなら、この新作の物語に人口や環境問題、サスティナビリティなどが絡んでくるのも決して不思議なことではない。

人類の問題を解決するためにこの技術を生み出したが...

興味深いのは、ダウンサイズという技術に対するペイン独自のアプローチだ。ペイン自身はそれを意識していたわけではないが、この映画からは、他者を排除する壁やパリ協定離脱騒動の余波といった、トランプ以後を連想させるような世界が浮かび上がってくる。

ダウンサイズの目的はひとつではなく、その違いがポールを取り巻く強烈なキャラクターたちに反映されていく。

ヨルゲン博士は人類の問題を解決するためにこの技術を生み出した。しかしそれが、アメリカの資本主義に取り込まれ、テレビショッピングのようなプロモーションによって、郊外化のように消費されていく。ポールも人類を救うために小さくなるわけではない。

ポールは「レジャーランド」で二人の人物と親しくなるが、彼らはそれぞれに異なる現実を象徴している。ポールの隣人のセルビア人デュシャンは、単なる消費者ではない。元の世界とのパイプを利用して、相棒とともに麻薬や葉巻などを売りさばいて大儲けし、夜毎パーティーを繰り広げ、贅沢三昧に暮らしている。

もうひとりは、デュシャンの家に清掃業者として出入りするヴェトナム人女性ノク。足が悪いノクを気遣ったポールは、彼女に同行することで、「レジャーランド」に隔離された空間があることを知る。コミュニティを取り巻く壁に開けられた穴をくぐり抜けると、そこにはスラムがあり、貧しいラテンアメリカ人やアジア人が暮らしている。彼らは、支配者によって意に反してダウンサイズされた政治活動家や移民だった。

現実世界の縮図の果てに

サスティナビリティを確かなものにしようとするヨルゲン博士、すべてをビジネスにするデュシャン、社会から排除されたノク。そんな象徴的な人物を通して、この映画の世界は現実の縮図と化していく。そして、ダウンサイズに限界を感じた博士は、さらに過激な計画を実行に移そうとする。

ペインは、人生の危機に直面し、悲観的になっている普通の男を、そんな世界に放り出す。ポールは、小さくなることによって、これまで考えもしなかった大きな世界と向き合うことになるのだ。


『ダウンサイズ』
公開:3月2日(金) TOHO シネマズシャンテ他全国ロードショー!
(C) 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

WHO、成人への肥満症治療薬使用を推奨へ=メモ

ビジネス

完全失業率3月は2.5%に悪化、有効求人倍率1.2

ワールド

韓国製造業PMI、4月は約2年半ぶりの低水準 米関

ワールド

サウジ第1四半期GDPは前年比2.7%増、非石油部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story