コラム

イタリア最南端の島で起きていること 映画『海は燃えている』

2017年02月08日(水)17時00分

『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』

<イタリア領最南端の小さな島を舞台にしたドキュメンタリー。この島には、この20年間で約40万人の移民が上陸した。島民と難民の現実を静かに描き、ベルリン映画祭でドキュメンタリーで初の最高賞に輝いた注目作>

ジャンフランコ・ロージ監督の新作『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』は、副題にもあるように、アフリカに近いイタリア領最南端の島ランペドゥーサ島を舞台にしたドキュメンタリーだ。その冒頭には、以下のような字幕が浮かび上がる。


「ランペドゥーサ島、面積は20平方キロ、海岸線は南70マイル、北120マイル。この20年間で約40万人の移民が島に上陸した。シチリア海峡で溺死した移民の数は1万5千人と推定される」

この映画は、世界の注目を集める深刻な移民・難民問題を扱ってはいるが、そんな題材から想像される内容とは異なる世界が切り拓かれている。ロージがドキュメンタリー作家として異彩を放っていることは、その受賞歴にも表れている。彼の前作『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』(13)はヴェネチア映画祭で、この新作はベルリン映画祭で、それぞれドキュメンタリーで初の最高賞に輝いている。

世界の映画祭を席巻するドキュメンタリー

劇映画を凌駕してしまうような独自の表現や世界とはどのようなものなのか。新作には、同じ題材を扱った劇映画に通じる視点も盛り込まれている。ランペドゥーサ島の北に位置するリノーサ島を舞台にしたエマヌエーレ・クリアレーゼ監督の劇映画『海と大陸』(11)では、海に生きる一家の祖父が、法を破って難民の母子を救助し、家に匿ったことから、家族が難しい選択を迫られる。ジョナス・カルピニャーノ監督の『地中海』(15)では、ブルキナファソ出身の若者が、命懸けで地中海を渡り、イタリアの果樹園で働きだすが、やがて地元住民との対立に巻き込まれていく。

『海は燃えている〜』でも、難民の実情に焦点を絞るのではなく、島民と難民の世界が描かれる。だが、そこに劇映画のようなドラマが生まれることはない。かつては島そのものが難民問題の最前線で、島民と難民が接触していたが、ロージが最初に島を訪れたときには、すでに海上で難民のボートと接触する救助活動へと方針が転換されていた。だから島民と難民が接触することはない。それでも彼は島に移住し、この映画を作った。

ドキュメンタリーであるこの映画では、当然、島民と難民の接触が描かれることはない。だが、ひとりだけ接点を持つ人物が登場する。これまでずっと救助された難民の上陸に立ち会ってきた医師バルトロだ。この映画からは、医師を結び目として、島民の日常と難民の現実というまったく異なるふたつの世界が浮かび上がる。

では、そんな構成の映画がなぜ多くの人の心を動かすのか。詩的な映像も確かに印象に残るが、最も大きいのはロージが対象から引き出してみせる物語の力だ。彼は対象となる人物と長期にわたって共に過ごし、親密な関係を築く。そんなふうにして、人物の自然体の姿をとらえるだけではなく、人物が内に秘める物語を引き出していく。彼の作品に登場する人々は、近しい人を相手にしているかのように過去の出来事や体験を語る。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベラルーシ、平和賞受賞者や邦人ら123人釈放 米が

ワールド

アングル:ブラジルのコーヒー農家、気候変動でロブス

ワールド

アングル:ファッション業界に巣食う中国犯罪組織が抗

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story