コラム

ウォール街を出しぬいた4人の男たちの実話

2016年02月19日(金)16時30分

 そしてここで特に注目したいのは、その後合併したJPモルガン・チェースが、急拡大するCDOやCDSの領域でライバル銀行に遅れをとるようになるということだ。この銀行には、信用リスク管理こそが強みだというJ・P・モルガン時代の理念が引き継がれていたため、企業向け融資とはまったく違う住宅ローンの証券化に慎重になったからだ。そこで銀行が打ち出した方針は、この映画の世界と深く結びつくことになる。

彼らの行動が被害をさらに大きくした?

 住宅市場のリスクを察知した銀行は、未売却の住宅ローン債権を減らし、自社の住宅ローン担保債で発生したデフォルトの損失保証を手当てするCDSを買い始める。「そうした住宅ローン・デリバティブは数年前にはほとんど存在していなかったが、急速に存在感が高まっていた」。それは、この映画に登場するような人々が、CDSで賭けに出ていたからだ。しかもこの方針は、市場にまで大きな影響を及ぼす。住宅市場はいまだに強気で、CDOの需要に供給が追いつかず、CDS契約がその優れた代替品になっていく。

『マネー・ショート 華麗なる大逆転』。クリスチャン・ベールの演技にも注目。


 「というのも、少なくともJPモルガン・チェースのようにリスクヘッジのためにそれを買う者がいる限り、こうした商品をどれだけ作ろうとも制約はなかったからだ。皮肉なことに、JPモルガン・チェースがサブプライムローンに対して慎重な立場を取ったことで、他社は住宅ブームの中、資産の裏付けのある債券だけに縛られていた時代には不可能であったほど大量の住宅ローン・デリバティブのリスクを抱え込むことになった」

 こうした背景を踏まえるなら、ウォール街とアウトローたちの大勝負は、単純で痛快なドラマになるはずもない。彼らの行動が被害をさらに大きくしたと見ることもできる。それだけに、ドラマには複雑な感情が滲む。無名の資本家コンビを支援したベンは、破綻によって私財を失う人々を思い、狂喜するふたりを厳しくたしなめる。ヘヴィメタ好きのマイケルは、湧き上がる感情をぶつけるようにドラムを叩く。強い道徳観を持つマークは激しい葛藤に苛まれる。

 ジリアン・テットは前掲同書でJ・P・モルガンのチームが生み出した革新的な金融商品について以下のように書いている。

「彼らの生み出したコンセプトは世界中に広がり、模倣され、住宅ローン金融における証券化という別のイノベーションと運命的に結びついてしまった。その結果、巨大な信用バブルの発生・膨張とその後の恐るべき金融崩壊の両局面において、決定的に重要な役割を果すことになったのである」

 この映画の主人公たちが、そんな流れのなかでそれぞれにどのような役割を果たしたのかを考えてみると、ドラマがより深いものになるだろう。


●参照/引用文献
『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』マイケル・ルイス 東江一紀訳(文藝春秋、2010年)
『愚者の黄金――大暴走を生んだ金融技術』ジリアン・テット 平尾光司監訳・土方奈美訳(日本経済新聞出版社、2009年)

●映画情報
『マネー・ショート 華麗なる大逆転』
監督:アダム・マッケイ
公開:2016年3月TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開
(C)2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.


プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

フィリピン中銀、予想通り政策金利引き下げ 6会合連

ビジネス

伊藤忠、日立建機株を追加取得 議決権比率33.4%

ワールド

欧州の情報機関トップ、年内のウクライナ和平合意に懐

ビジネス

日経平均は続伸、一時500円超高 米株高や円安で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポーランドが「核武装」に意欲、NATO諸国も米国の核の傘を信用できず
  • 2
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 3
    中道「大敗北」、最大の原因は「高市ブーム」ではなかった...繰り返される、米民主党と同じ過ち
  • 4
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 5
    ウクライナ戦争が180度変えた「軍事戦略」の在り方..…
  • 6
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 7
    生き返ったワグネルの「影」、NATO内部に浸透か
  • 8
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 9
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 10
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 4
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 7
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 10
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story