コラム

オスマン・トルコで起きたアルメニア人虐殺とディアスポラ(離散)の過酷

2015年12月11日(金)15時45分

100万人のアルメニア人が犠牲になったといわれるジェノサイドを背景にしたディアスポラの物語、『消えた声が、その名を呼ぶ』。

 1973年生まれのトルコ系ドイツ人であるファティ・アキン監督は、その作品がカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大国際映画祭で受賞を果たしている異才だ。最新作『消えた声が、その名を呼ぶ』の物語は、1915年のオスマン帝国、マルディンから始まる。妻と双子の娘たちと幸せに暮らしていた鍛冶職人ナザレットは、突然現われた憲兵によって連行され、同胞のアルメニア人の男たちとともに強制労働を課されたあげく、処刑されかける。だが、彼だけが、声を失いながらも奇跡的に生き延びる。虐殺で家族を奪われた喪失感に苛まれる彼は、やがて娘たちが生きていることを知り、どこまでも彼女たちの姿を追い求めていく。

 1915年から翌年にかけてオスマン帝国で起こったジェノサイドでは、100万人のアルメニア人が犠牲になったといわれる。但し、この映画は、ジェノサイドそのものを題材にした作品ではない。ジェノサイドを背景にしたディアスポラの物語と見るべきだろう。ディアスポラとは、原住地から世界各地に離散すること、あるいは離散した集団やコミュニティを意味する。ロビン・コーエンの『新版 グローバル・ディアスポラ』では、1915年のジェノサイドから生まれたディアスポラについて以下のように記されている。

「虐殺を生き延びたアルメニア人たちは中近東、特にレバノン、シリア、パレスチナ、イランにまず成立したコミュニティに集まった。そしてさらに遠方、例えばエチオピア、極東、ラテンアメリカ(特にアルゼンチン)、ギリシャ、イタリア、イギリスなどにも相当数が散らばっていった。そうした中でも、アルメニア人ディアスポラの最大でかつうまく組織されたコミュニティの出現を見たのは、フランスとアメリカであった」


 九死に一生を得たナザレットは、砂漠を彷徨い、シリアのアレッポにたどり着く。そこで娘たちの生存を知り、シリアやレバノンにある孤児院をしらみつぶしに当たり、キューバ、そしてアメリカへと導かれていく。

 この映画では、そんなアルメニア人ディアスポラの過酷な旅が、独自の視点で掘り下げられていく。この作品は、アキンが手がけてきた「愛、死、悪に関する三部作」の最終章になるが、愛と死を扱った『愛より強く』(06)や『そして、私たちは愛に帰る』(08)と悪を扱う新作には、その設定に大きな違いがある。前二作はアキンにとって身近なトルコ系ドイツ人を中心に据えた現代の物語だったが、新作では未知の世界に踏み出している。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

最近の急速なウォン安・円安、深刻な懸念共有=日韓対

ワールド

米戦略石油備蓄の第1弾、来週末までに供給 8600

ビジネス

日立とGEベルノバ、東南アジアで小型モジュール炉導

ワールド

米商務省、AI半導体輸出の新規則案を撤回 公表から
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切りは常軌を逸している」その怒りの理由
  • 3
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド太平洋防衛
  • 4
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    イラン攻撃のさなか、トランプが行った「執務室の祈…
  • 7
    「イラン送りにすべき...」トランプ孫娘、警護隊引き…
  • 8
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 9
    『ある日、家族が死刑囚になって』を考えるヒントに…
  • 10
    ファラオが眠る王家の谷に残されていた「インド系言…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 7
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 8
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 9
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story