コラム

ロバート・ライシュが案内人となって、アメリカの経済格差の問題に迫るドキュメンタリー

2015年11月13日(金)17時10分
ロバート・ライシュが案内人となって、アメリカの経済格差の問題に迫るドキュメンタリー

ユーモアを交えながらアメリカの社会と経済の変化を浮き彫りにする。

  『暴走する資本主義』や『格差と民主主義』などの著作で知られる経済学者であり、クリントン政権時代には労働長官を務めたロバート・ライシュ『みんなのための資本論』は、そんなライシュが講師/案内人となって、アメリカの経済格差の問題に迫るドキュメンタリーだ。映画は、現在カリフォルニア大学バークレー校で教授を務めるライシュの「富と貧困」をテーマにした講義の場面から始まり、ユーモアも交えながらアメリカの社会と経済の変化が浮き彫りにされていく。また、格差社会を生きる様々な階層の人々のインタビューも盛り込まれ、分析と実情が対比される。

 グラフ、アニメーション、アーカイブ映像などを駆使したライシュの分析はシンプルで分かりやすい。まず中間層と富裕層の所得が比較される。1978年の標準的な労働者と富裕層上位1%の所得が2010年にはどうなったか。前者が下がったのに対して、後者は2倍以上に膨れ上がった。そして、上位400人の富が、下層1億5000万人の富の合計を超えていた。

 そこでライシュは中間層の賃金と活力に注目する。アメリカ経済の70%を個人消費が占め、その中心になって景気を支えているのが中間層だからだ。では彼らの賃金はどう変化してきたのか。経済全体は成長を続けているにもかかわらず、生産労働者の時給の上昇は70年代後半で止まり、そこからほとんど横ばいになる。そしてこの変化をもとに、ふたつの時代が対比される。

『みんなのための資本論』


 ライシュは第二次大戦後の1947年から1977年までを「大繁栄時代」と呼ぶ。その時代には格差が非常に小さく、国家が教育を優先課題としたため大卒者が増加し、労働組合も増加して交渉力を手にし、世界に類を見ないほど分厚い中間層が出現した。その結果、生産性の向上→賃金の上昇→購買力の上昇→雇用の増加→税収の増加→政府の投資強化→教育レベルの向上という好循環が起こった。

 では、格差が広がり、中間層が衰退すると経済はどう変化するのか。賃金の停滞→購買力の低下→企業の縮小→税収の減少→政府による投資削減→教育レベルの低下→失業率の上昇という悪循環が起こる。その原因はなにか。弾圧によって労働組合が弱体化した。企業が賃金を下げることで利益を上げ、CEOが高額の報酬を得るようになった。規制緩和によってウォール街が暴走を始めた。しかしそうした要因以外に、この映画はもっと深い問題を示唆しているように思える。

 たとえば、長期にわたる標準賃金の横ばいがなぜ放置されたかということだ。ライシュは中間層の購買力が落ちなかったのは、生活水準を維持する3通りの方法を見つけたからだと説明する。まず女性が働きに出たこと。女性の社会進出の理由は、望ましい仕事の機会が女性に開かれたからではなく、主に夫の稼ぎが増えないなかで家計を支えるためだったという。次に、90年代には夫婦ともに労働時間を延ばすようになった。そして最後には借金に頼るようになった。90年代中頃から始まった住宅価格の上昇がそれを容易にしたが、結局バブルがはじけ、その先には借金地獄が待っていた。

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「経済のルールを作るのも変えるのも我々自身だ。」ロバート・ライシュ

 生活水準を維持しようとした中間層は、受け身になることを強いられ、操られていたと見ることもできる。そこで思い出されるのが、ライシュにも通じる視点で経済格差を掘り下げたヘドリック・スミスの『誰がアメリカンドリームを奪ったのか?』のことだ。本書には以下のような記述がある。

「中央政界のパワーゲームと有権者の隔たりがしだいにひろがって、ふつうの人々は政治プロセスから分離されていると感じている。彼らが、いや私たちすべてがますます受け身かつ無関心になり、アメリカでもっとも精力的な少数派有権者のための草の根組織者の一人、アーニー・コーテスの鋭い論評によれば、自分たちの無力をひしひしと感じて、動けなくなっている。アメリカ人が過去三〇年のあいだ、『組織だったやり方で、受け身になるよう訓練されている』ことが危険なのだと、コーテスはいう」

 さらに、この映画でもうひとつ注目したいのが、1978年が好循環と悪循環の分岐点とされていることだ。それまで政府と距離を保ってきた企業がワシントンDCに勢力を拡大するようになったのは70年代のことで、78年にその力を見せつけた。民主党のカーター大統領は富裕層への優遇措置を撤廃し、低所得世帯の税金を引き下げる税制法案を議会に提出したが、議会は企業ロビーに牛耳られ、企業と富裕層に有利なものに修正された。スミスは前掲同書で、78年を最大の転機と位置づけ、以下のようにまとめている。

「何年もたってからエコノミストや歴史学者は、一九七〇年代後半を、経済のくさびがアメリカの労働力に打ち込まれ、国家が"二つのアメリカ"――急上昇していく企業のCEOや金融エリートと、轍にはまってにっちもさっちもいかない平均的アメリカ人――に分かれはじめた転機と見なすようになる」

 この映画の後半でライシュは、2010年に最高裁が下したシチズンズ・ユナイテッド判決に言及し、企業や富裕層による無制限の政治献金が可能になり、民主主義を金で買える時代が到来したと語る。70年代から明確な目的を持ち、圧倒的な資金力でルールを変えてきた勢力に対抗し、民主主義を取り戻すのは容易ではない。ライシュは『格差と民主主義』のなかで、人が行動するために克服すべき四つの「労働回避メカニズム」を以下のように説明している。

「それは、問題の存在を認めない『否認』、問題を認識しても責任逃れをしようとする『エスケープ(逃避)』の願望、問題を引き起こした人を『スケープゴート(身代わり)』にする傾向、そして最悪なのが、問題改善の可能性を信じようとしない『シニシズム(冷笑)』である」


●参照/引用文献
『誰がアメリカンドリームを奪ったのか?(上・下)』ヘドリック・スミス 伏見威蕃訳(朝日新聞出版、2015年)
『格差と民主主義』ロバート・B・ライシュ 雨宮寛/今井章子訳(東洋経済新報社、2014年)

●映画情報
『みんなのための資本論』
監督:ジェイコブ・コーンブルース
公開:11月21日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー
(C)2013 Inequality for All,LLC

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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