コラム

数々の映画祭で絶賛された、南米ドキュメンタリーの巨匠の2本の新作

2015年10月02日(金)17時15分

 グスマンがアタカマ砂漠に引き付けられるのは、天文学者や考古学者、収容所の記憶を手繰る生存者や家族の骨を捜す女性に、過去と向き合っているという共通点があるからだ。もちろん天文学や考古学が扱う過去と迫害や弾圧に関わる封印された過去は違う。しかしグスマンはメタファーを駆使することで、その境界を消し去っていく。埋もれた骨の欠片を捜す女性の行動は、考古学の発掘作業のようでもあり、砂漠という広大な宇宙で微かな光を拾い集めているようでもある。かつて収容所には星を観察するグループが存在し、生存者は星の美しさに魅了され、心の自由を得ることができたと語る。天文学の研究団体で働く女性は、ピノチェト時代に両親を失ったが、祖父母に天体観測を教わり、天文学から喪失との向き合い方を学んだと語る。

 もしグスマンが、正攻法で遺骨の捜索や収容所の記憶に迫っていたら、その世界は「遠い昔のこと」とみなされていたかもしれない。実際、遺骨を捜す女性のひとりは、自分が社会や裁判所から厄介者、チリのお荷物のように扱われていると感じている。しかしこの映画では、クーデターやピノチェト時代が最も近い過去になり、封印を解こうとすることが、天文学と同じように自分たちが何者であるのかを明らかにすることへと繋がっていく。


ooba1002_2.jpg『真珠のボタン』 チリの最南端の西パタゴニアで起きた悲劇に遡る

 そして、もう1本の『真珠のボタン』(15)を観て驚くのは、チリの最南端の西パタゴニア、雨の多い群島とそれを取り巻く海というまったく対照的な場所を舞台に、同様のアプローチが見事に成立していることだ。そこには19世紀、5つの部族、8000人の先住民が、カヌーで旅をし、星を祖先の魂とする神話を継承して暮らしていた。それは、4200キロもの海岸線を持つチリの環境に適応した生き方だったが、チリ人は海を有効に活用しようとはしなかった。

 やがて群島と海は悲劇の舞台となる。入植者たちが先住民を駆逐し、ドーソン島のカトリックの伝道所が先住民の収容所になる。ピノチェト時代には、アジェンデ政権の閣僚や支持者がそこに移送され、殺害された政治犯が切断したレールの重しとともに海に沈められた。そして30年後に事実が明らかになり、遺体が水に溶けた後も残るレールが引き揚げられる。まさに海が過去への入口となる。

 さらにもうひとつ印象に残るのが、わずかな数になった純粋な先住民とのやりとりだ。この映画では、彼らがスペイン語の単語を次々と部族の言葉に置き換えていく姿が映し出される。言葉の記憶は彼らが何者であるのかを物語っている。グスマンは、そんな先住民と忘却に陥りかけたチリ人を対置しているのかもしれない。最初に取り上げた『光のノスタルジア』はこんな言葉で締め括られる。「記憶はあたかも重力のような力で私たちの心を捉え続ける。思い出を持つ者ははかない現在を生き抜くことができる。思い出のない者は生きてさえいない」


●映画情報
『光のノスタルジア』
2011年山形国際ドキュメンタリー映画祭 「山形市長賞(最優秀賞)」受賞作品
(c) Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

『真珠のボタン』
2015年ベルリン国際映画祭銀熊賞脚本賞受賞2015年山形国際ドキュメンタリー映画際インターナショナル・コンペティション部門出品
(c) Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

公開:2015年10月10日(土)より、岩波ホールほか全国順次公開

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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