コラム

物価はどう決まるか 混乱する経済学

2018年06月19日(火)15時00分

日銀の黒川東彦総裁は6月15日、景気拡大の下でも「物価が上がらないなぞ」の存在を正式に認めたが Issei Kato- REUTERS

<景気が拡大しているのに、物価が上がらないという「なぞ」が今、日本の金融当局や専門家を悩ませている。しかし実はなぞなどない。本当に賃金を上げたいなら、無駄な金融緩和を続けるより、従業員のための労働改革を進めるべきだ>

経済学を一つの原理で表すとしたら何か。

それは、「価格は需要と供給で決まる」ということだ。これに経済学は尽きる。

しかし、経済学自身が、この大原則というより唯一の真実を否定している。

まず、株価はどうやって決まるか。

需給で決まる、ということを否定して成立したのが、ファイナンス理論であり、ファンダメンタルズで決まる、証券価格の市場価格は効率的、という宗教を確立した。それにチャレンジしたのが、行動ファイナンスで、行動ファイナンスは需給は証券価格に影響を与えるとして注目を浴び、勢いを増してきた。そんなもの、最初からそう決まっているし、誰もが知っている。

今日の話題は、株価よりも物価である。

あてにならない仮説たち

物価はどうやって決まるのか。なんと、経済学の教科書には原理が書いていない。仮説は書いてある。

例えば、貨幣数量説。貨幣発行量が増えれば、貨幣とモノとの相対的な存在比率が変わり、貨幣の総供給割るモノの総数、つまり総需要をやれば、物価となる。ただし、これは仮説であり、割り算は直感的に分かりやすく説明しただけで、メカニズムは書いていない。基本原理は需要と供給である。ただし、貨幣供給が増えると、貨幣需要が増えるかどうかは書いていない。

貨幣需要が増えるかどうかについては、ケインズの流動性選好が有名だが、教科書の記述は間違っている。別の言い方をすれば、ケインズの考えとケインジアンの後日の解釈が異なっていたため、流動性選好は、マクロ経済学の教科書を最大の混乱に陥れている。

これは何も私の自説ではなく、経済学史上は有名な話で、ヒックスのIS-LM分析は分かりやすいが、分かりやすくするために間違ったもの、あるいはケインズの理論とは異なったものにしてしまった、ということだ。

難しい話はともかく、ケインズは、貨幣の需要と供給は金融市場で決まるとし、素朴な貨幣数量説は財市場の話であるから、そこからは進歩し、あるいは金融市場、資産市場の膨張という経済実態に合わせた理論(仮説)の変化(進化)ということだろう。

流動性選好とは、流動性を好む、ということであり、貨幣需要なのであるが、あえて流動性選好という言葉を使ったのは、短期的な需給の状況には合わなくとも、将来のことを考えて、あえて流動性を保有し続ける需要がある、ということを強調したからだ。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国自動車販売、6月は前年比+18.6% 一部EV

ワールド

ガザ停戦は可能、合意には時間かかる=イスラエル高官

ワールド

アングル:中国人民銀、関税懸念のなか通貨安定に注力

ワールド

ジェーン・ストリート、インド規制当局に異議申し立て
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 9
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story