コラム

「物価水準の財政理論」 シムズはハイパーインフレを起こせとは言っていない

2017年01月25日(水)10時49分

<注目の「物価水準の財政理論」が現実の政策について示唆していることは何か。提唱者クリストファー・シムズの来日を控えてますます盛り上がる誤った政策論に筆者が物申す。シリーズ第3回>

*第1回「経済政策論争の退歩
*第2回「『物価水準の財政理論』」は正しいが不適切

 昨日、ツイッター上で、池田信夫氏と「物価水準の財政理論」について、具体的にはノーベル賞経済学者クリストファー・シムズの主張について議論したが、二人の解釈は分かれたままである。

 細かいところでも議論は色々あるが、重要なことはシムズの主張、メッセージについてだ。

(一点だけ、理論的なことを述べれば、これは物価水準の決定理論なので、基本的な状態においては、ハイパーインフレーションにはならず、累積財政赤字〔利子支払い部分を除く〕)によって物価水準が決まる。シムズが物価水準が〝発散″するといっているのは、金利引き下げができず、バランスシートを極端に膨らませた場合〔現在がそう〕において、金融政策が財政の裏づけを持たない場合である。)

 良い機会なので、もう一度シムズのメッセージにおける現実の政策へのインプリケーションの重要なポイントをまとめてみよう。

 彼は、ハイパーインフレーションで政府の累積債務を解消しろ、とは言っていない。

 またハイパーインフレーションを起こせ、とはまったく言っていないだけでなく、実際にも起こらないことを想定しており、ただ、そのリスクは存在し、それが起きるのは、中央銀行に対する政府の資本支援がない場合であり、政府は資本注入を必要な場合にはするべきである。

物価水準の「発散」とは

 中央銀行が形式的な独立性にこだわることには意味がない。債務超過に陥った場合に、中央銀行自身だけで、それから回復しようとすることは難しく、かつもっとも危険である。その場合だけ、物価水準は決定されず、どのような物価水準も自己実現的に均衡となりうる。中央銀行がインフレによるシニョレッジ(通貨発行益=通貨の原価と価格の差)で債務超過を解消しようとしているという予想が経済主体の間で自己実現すると、物価水準が「発散」(右肩上がりで上昇し続けること)してしまう可能性が出てくる。ハイパーインフレーションにならない場合でも、必要以上に高いインフレーションが起きてしまい、望ましくない。

 そもそも、名目金利のコントロールによって実質金利をコントロールし、その結果、実需に影響を与えるというルートが機能していない場合には、物価水準は金融政策によってコントロールできないから、その役割は財政に任せるべきだ。正確に言えば、金融政策により物価に影響を与えることができる場合でも、それは常に財政的な効果によるものであるから、インフレにするためにゼロ金利制約の下でバランスシートを膨らませることは無理がある。そもそも、財政的なバックアップがなくては、金融政策は実体経済には効果を持たないのである。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ輸出、5月は予想以上の減少 米国向けが2カ月

ビジネス

旧村上ファンド系、フジ・メディアHD株を買い増し 

ワールド

赤沢再生相、米商務長官と電話協議 「自動車合意なけ

ビジネス

日経平均は反発、対日関税巡り最悪シナリオ回避で安心
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story