コラム

誰が金融政策を殺したか(後半)

2015年09月29日(火)18時28分

注目の的 物価の上昇に強気の見方を示した黒田日銀総裁(9月15日) Yuya Shino- REUTERS

※誰が金融政策を殺したか(前半) はこちら


 前回の議論をまとめつつ、金融政策を殺した真犯人を探してみよう。

 金融政策は本来単純である。実体経済の景気の微調整をするだけだ。景気が悪くなれば金利を下げて緩和をし、景気が良くなってくれば中立に戻し、過熱すれば引き締める。それだけのことだ。

 それにもかかわらず昨今は、金融政策をどうするべきかの議論が常に行われている。それ以外のすべての経済政策はまるで無意味であるかのようであり、同時に、金利を上げるべきか上げるべきでないか、いつ上げるべきか、日銀の追加緩和はどうなるのか、どこもかしこもジャネット・イエレンFED(米国中央銀行)議長と黒田東彦・日銀総裁の話ばかりだ。

 金融政策を難しくした犯人は3人いる。

 一人目は、もちろん市場の投資家達だ。彼らが、リーマンショック以降、甘えることを覚えてしまった。甘えているうちに寄生虫のように、市場と金融政策を食い物にし、蝕んでいった。

 二人目は、ベン・バーナンキ元FED議長である。彼が量的緩和で、地球を、いや金融市場、いや単に投資家を救ってしまったために、この問題は大きくなった。

 真犯人はバーナンキというよりは量的緩和かもしれないが、この真犯人を市場に呼び込み、それを派手に仕立て上げたのは彼である。

 量的緩和がなぜ罪深いかというと、量的緩和とは、国債またはリスク資産を中央銀行が買い上げる政策であり、金利の調整とは異なり、直接、投資家を救済するからだ。

中央銀行の堕落の始まり

 この意味で、日銀が2001年から行った世界初の量的緩和、元祖量的緩和とは本質的に異なる。この量的緩和は短期金利をゼロにすることをより強く保証したことと、時間軸効果と呼ばれるようになった、将来の短期金利を本来あるべき水準(景気や雇用から判断して)よりも低く抑えることを継続すると事前に宣言することによって、長期金利を引き下げる効果を持たせることにポイントがある。あくまで、金利の引き下げによる実体経済への刺激であり、リスク資産市場とは直接関係なく、投資家を直接救うものではない。

 しかし、バーナンキが始めた量的緩和は、まさに投資家を救うことが目的であり、最後の貸し手から、最後の買い手に中央銀行が業務の範囲を拡大したことに最大の意義(罪)があるのである。

 2007年8月のBNPパリバショック、2008年9月のリーマンショックで資産市場は凍り付いた。だから、それを溶かすために、金融市場の機能不全を解消するために、最後の買い手となって、リスク資産を買いまくった。それは正しい政策ではあるが、中央銀行の堕落の始まりであった。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story