コラム

女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」がB級トンデモ作品でも「正解」と言える理由

2025年09月30日(火)18時27分

プロパガンダとしては正解

全編を通して時代考証をした痕跡はあまりなく、むしろ時代考証という概念すらないように思われる。場面と場面の繋がりがなく、中国人の間でも「ストーリー性がない」など酷評されているが、それでもこうしたトンデモ映画が成立するのは、この作品が全国民を対象としたプロパガンダの最たるものだからだろう。

プロパガンダである以上は全国民、つまり日常的に文化的なものにまったく触れない生活をしているような人々が見ても容易に理解でき、しかも飽きさせない内容にしなくてはいけない。放尿や放屁といった分かりやすい下ネタで笑いを誘い、目を背けたくなるような残酷ショーで背中をゾクゾクさせ、脱走劇でハラハラさせる。

クライマックスでは荘厳なBGMとともに主人公の自己犠牲的な姿を見せ、涙を誘う。目の肥えた映画ファンには噴飯ものであっても、リテラシーの低い側に寄せるなら、このほうが正解なのだ。

つまり、映画「731」は映画としては駄作でも、プロパガンダとしては成功したと言えるかもしれない。

日本人の目には突っ込みどころが満載で、不謹慎なコメディ映画にしか見えないかもしれない。だが、これは中国の一般庶民のなかに醸成された「心象風景」として捉えれば、理解しやすい。

劇中の日本兵は、この世のものとは思えないほど残虐で悪の限りを尽くす。しかも、随所で不気味な高笑いを浮かべたり、妊婦の腹を撫でて恍惚となるなど、常人には理解しがたい異常な言動を見せる。

そこに桜、茶道、和服、刀、花魁、ふんどしといった日本文化の要素が過剰に詰め込まれ、残虐シーンとオーバーラップする。鑑賞後は、何はともあれ、日本に対する漠然とした嫌悪感と警戒心、得体の知れない人々という恐怖心が残るのだ。作り手にとっては、これが何より大事なのである。映画の完成度や時代考証などは、二の次と言っていい。

反日映画は半永久的に作られる

日本人にとっては、色々な意味で不愉快な作品だろう。私も、どうせ作るならせめて史実に忠実に作るべきではないかと考えている。トンチンカンな場面が連発する歴史映画は歴史に対する冒涜であり、731部隊による悲劇とは何だったのか、かえって分かりにくくしてしまう。

抗日戦争(日中戦争の中国側呼称)での勝利の歴史は、中国共産党による統治の正統性を示す最大の根拠となっており、いわば建国神話のような機能をも持つ。たとえば第三次世界大戦のようなことが起きて国際社会のパワーバランスが激変すれば話は別だが、現在の状態が続く限り、抗日戦争勝利の歴史は中国で半永久的に語られ続けるだろう。今後も手を替え品を替え、反日映画は作られ続けるに違いない。

ただ一つ覚えておきたいのは、これはもはや中国という国家に組み込まれた基本システムのようなものであり、誰にも変えられないということだ。中国における反日感情は個人の感情を超えた社会の枠組みのようなものとして存在しており、これをなくすことは、国家の安定を揺るがすことに等しい。

来年も再来年も、反日映画は作られるだろう。そして日本人は、不愉快な気持ちになるだろう。中国は日本に謝罪と反省を求め、日本は多かれ少なかれ反発するだろう。毎年同じようなやり取りを続けながら、協力できるところは協力して、隣国として存在し続けるしかないのだ。そう思って眺めていれば、中国の作る反日映画も多少は仕方がないと思えるかもしれない。

映画「731」は、是非日本でも公開して欲しい。戦争映画のようでスプラッター映画ので、コメディ映画のような作品。しかも、日本と中国の間にある途方もない溝の深さを再確認させてくれる作品。そんな映画は、なかなかないのだ。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

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