コラム

『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず出版すべき本である

2025年04月19日(土)07時59分

動物イラストの表現は普通

まず、動物のイラストについて。たとえば発達障害当事者協会は「発達障害者を『言葉が通じない動物のようなもの』として表現していると解釈せざるを得ない」と指摘しているが、あまりに極端な解釈ではないだろうか。

本書の内容は、目次を見る限り「職場で遭遇する『困った人』にどのように対応したら良いか」を指南するものだ。

例えば、相手のくどい話を打ち切りたい時は「帰りの電車の時間があるので、今日はここで失礼します」と返答してはどうかと提案し、何度もミスを繰り返す人には「この前のミスと今回のミスで、何か違いや共通点があったかな?」と語りかけるよう呼びかけている。

発達障害は言葉が通じないどころか、むしろ言葉をうまく交わすことで良好な関係を築けると説いている。「動物扱い」はあまりにも表面的な解釈で、被害妄想的な曲解と言わざるを得ない。

また、様々な立場の人を擬人化した動物のイラストで表現することは、この本に限らず日常的によくあることだ。出版社の意図としては、職場にはさまざまな背景の人がいることを伝えるべく、多様性や他者性を表現したかったのではないか。発達障害は目に見えるものではないから、こうした表現には一定の合理性がある。

「人間を動物にたとえるな」と言うのであれば、しばしば犬にたとえられている警察官はどうなるのか。「犬のおまわりさん」は職業差別と言えるのかもしれないが、本気でそう思っている人はほとんどいないだろう。

この本の主旨は、精神疾患のある人を動物扱いすることではない。動物のイラストはかわいらしく描かれており、侮蔑的な描き方はされていない。ゴキブリなど害虫にたとえるならまだしも、この程度の表現はまったく問題ない範囲と言える。

発達障害の当事者や、当事者を支える立場の人にとっては「不快な表現」だったのかもしれないし、確かにもっと良い表現方法もあったのかもしれない。そういう人々が「不快だ」と表明することは、表現の自由の一つとも言える。

問題なのは、そこからさらに進んで差し止めや回収を訴えることだ。そうした過激な言動は表現活動に関わる人間を萎縮させ、回り回って批判をしている人自身の首を絞めることになるだろう。

ネット空間はノイジーマイノリティーの声が増幅する仕組みになっているため、世の中の平均的な世論とは乖離することがよくある。炎上した時こそ、冷静な判断が求められる。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story