コラム

深圳日本人学校の男児殺害に日本はもっと怒るべきだ

2024年09月20日(金)15時58分

中国でしか起きない事件

中国政府は今回の事件についても「個別の事件で、同種の事案はどの国でも起こりえる」と主張。あくまでも、「通り魔事件の1つ」という認識を押し通そうとしている。

ふざけるな、と私は言いたい。柳条湖事件の起きた9月18日に日本人を狙った凶悪事件が起きたのは、どう考えても偶然とは思えない。普通に考えれば、中国政府が反日感情を煽り続けてきた結果、9月18日なら日本人を襲ってもいいのだと妄想する人間を生み出したのだろう。

こんな事件は、全世界のなかで中国でしか起こらない。

ヘイトクライムによって人命が失われたと捉えるのが自然であり、日本政府としては「日本の国民感情を深刻に傷つけた」、「中国社会の安全性について、強い危惧を抱いている」、「中国政府が反日感情をいたずらに煽っていることについて、抗議する」ぐらいのことを言わねばなるまい。

私たちは、行き過ぎた反日感情によって子供の命が奪われたことに対し、もっと怒らなくてはいけない。

言うまでもないが、中国人の99%は善良な人々であり、怒りの矛先を彼らに向けるのは筋違いである。十把一絡げに中国人全体を敵視するのは、事件を起こした犯人と同じぐらい低レベルな人間のすることだ。

中国は長年、自国民を一致団結させる道具として反日感情を利用してきた面がある。日本にも戦争の贖罪意識や経済大国としての余裕があり、ある程度はやむを得ないと受け入れてきた。だが、今の日本にそんな余裕は微塵もない。「無限の謝罪」を求められることに、多くの日本人はうんざりしている。

日中のネット空間は時間差なくつながっており、「反日感情を煽って自国民を団結させる」という手法が、もはや限界に近づいているのではないか。

1週間で忘れてしまう

振り返ってみれば、2012年の尖閣国有化の頃のほうが、中国人の反日感情は今より苛烈だったと言える。それでも日本人に対して身体的な攻撃がほとんど起きなかったのは、中国経済が順調に成長しており、日本もそれに乗っかる形で緊密な関係を築いていたからだろう。どんなに憎くても、商売相手ではあったわけだ。

今や中国経済は深刻な低迷状態にあり、日本企業はどんどん手を引き始めている。金の切れ目が縁の切れ目というべきか、日本と中国はお互いに「関わっても得をしない相手」になってしまった。経済的な互恵関係が縮小したことで、日本への憎悪が純化していったのではないだろうか。

6月に蘇州の日本人学校で日本人母子が襲撃されたあと、バスの案内係をしていた胡友平さんが児童をかばって亡くなったと伝えられた。

極めて深刻な事件だったにも関わらず、日本の世論は数日で急速に沈静化し、10日も経たないうちに、ほとんど話題にならなくなった。日頃、中国に対して厳しい姿勢を取っている保守層やネット右翼と呼ばれる人たちですら、何の反応も示さなくなった。日本社会があまりにも淡白であることに、私は驚きすら覚えた。

「日本人は忘れっぽい」とよく言われる。これから新たな事実が出てこない限り、今回の事件に関するニュースの出稿量は日に日に減り、やがて人々の意識にのぼらなくなっていくだろう。赤の他人が死んだことなど、すぐにどうでもよくなってしまうのだ。

1週間後には自民党総裁選が行われ、新聞もテレビもSNSのタイムラインも、次の首相に関する話題で埋め尽くされることになる。兵庫県の斎藤元彦知事の動きや大谷翔平の偉業にも、注目が集まっている。

恐らく、今回も動機の解明すらなされないまま、時間が経って人々の脳裏から記憶が薄れ、ウヤムヤにされていくことになるのだろう。中国政府は、それを狙っている。蘇州の事件がそうであったように。

日中関係の行く末は、この記事を読んでいるあなたと私が1週間後、事件のことを覚えているかどうかにかかっている。でも、あまり期待はしていない。

ニューズウィーク日本版 世界最高の投手
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月18日号(11月11日発売)は「世界最高の投手」特集。[保存版]日本最高の投手がMLB最高の投手に―― 全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の2025年

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。現在は大分県別府市在住。主な著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)、『香港少年燃ゆ』(小学館)、『一九八四+四〇 ウイグル潜行』(小学館)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story