コラム

パリを覆う反差別デモと大暴動──フランス版BLMはなぜ生まれたか

2023年07月03日(月)14時35分

アメリカではしばしば白人警官が黒人やヒスパニックの容疑者を過剰に危険視し、目立った抵抗もしていないのに殺害してしまうケースが目立つ。2020年からのブラック・ライブズ・マター(BLM)のきっかけになったジョージ・フロイド事件はその典型だ。

こうした問題は個人レベルの差別意識や偏見というより、警察など公的機関がマイノリティに対して抱く組織的なもの、「構造的差別」と呼ばれる。

ナヘル殺害は同様の問題がフランス警察にも見受けられるなかで発生したものだ(アメリカのものと異なりアラブ系の死者が目立つが)。だからこそ、デモ参加者には白人もいるが、有色人種の方が目立つのである。

背後にある経済的不満

ただし、この騒乱は差別反対だけが原動力とはいえない。

「あらゆる大規模な抗議デモや革命は経済的不満を背景にしている」というのは政治学で広く指摘されていることだ。「自由、平等、博愛」を掲げた1798年のフランス革命は、資本主義経済の発達の影で進んだ生活コスト上昇を背景にしていた。

現代でも、アラブの春、香港デモ、BLMといった変動の影には、常に経済的不満が見受けられる。

現在のフランスもやはり深刻な生活苦に直面している。コロナ感染拡大とウクライナ戦争をきっかけに上昇したインフレ率は、日本のものを上回る。さらに、フランスは慢性的に失業率が高く、世界銀行によると7.4%(2022年)と先進国で屈指の高水準だ。

mutsuji230703_naterre2.jpg

その一方で、マクロン政権は就任以来、財政赤字削減のための改革を進めてきたが、これが生活コスト上昇に対する広範な危機感を招いてきた。

今年3月には年金支給年齢引き上げへの反対活動が128万人も参加する抗議デモに発展し、やはり一部が暴徒化したため、予定されていたイギリスのチャールズ新国王の初外遊が延期されるほどだった。

こうして高まっていた不満が、警官の発砲による少年殺害のセンセーションで爆発したとみてよい。背景に経済的不満があったとするならば、暴動のなかで略奪が横行することも不思議ではない。6月29日、パリ中心地リヴォリ通りにあるナイキの店舗が襲撃され、14人以上が逮捕された。

マクロン大統領は警官の発砲を「不可解で許されないこと」と述べる一方、暴力行為を批判し、全国民に平静を呼びかけている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国との貿易協定、来年早々にも署名の可能性=インド

ビジネス

為替、ファンダメンタルズ反映しているとは到底思えず

ビジネス

米高級百貨店サックスが破産法申請検討 月末に巨額債

ワールド

エプスタイン資料、米司法省の対応に反発強まる 議会
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story