コラム

「史上最大の難民危機」で新興国でも難民ヘイトが表面化 この状況で有利になるのは...

2023年04月21日(金)15時25分
イタリアに漂着した難民船から出てきた人々

イタリアに漂着した難民船から出てきた人々(2021年5月11日) Antonio Parrinello-REUTERS

<先進国が流入阻止を加速させている影響で周辺国に難民が溢れている。難民ヘイトはこれまで先進国で問題となっていたが、この危機で新興国・途上国でも顕著に>


・コロナやウクライナ侵攻による生活苦を背景に「居住地を追われる人々」は地球上で1億人を超えた。

・それにともない、先進国だけでなく新興国でも難民ヘイトが急増している。

・「史上最大の難民危機」はナショナリズムを重視する保守政党の台頭を促す一因になっているが、そのなかにはプーチン政権と近いものも少なくない。

難民急増でイタリアは緊急事態宣言を出したが、これは氷山の一角に過ぎず、世界は「史上最大の難民危機」に直面している。

1億人以上が居住地を追われる

イタリア政府は4月12日、緊急事態を宣言した。難民が多すぎて「混雑している」ことが理由だった。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、イタリアにいる難民は一昨年の約8万人から昨年には約30万人に急増した。

mutsuji230421_chart.jpg

このうち約17万人がウクライナ難民で、残る約13万人はそれ以外からだった。なかでも北アフリカや中東から地中海を超えてイタリアに渡る難民は、この数年で急増している。

急増する難民の対策に、イタリア政府はEUに支援を求めている。

もっとも、これは氷山の一角ともいえる。UNHCRによると、「居住地を無理やり追われる人々」は昨年末、地球上で1億人を突破したからだ。

居住地を追われる人々のうち約半分(5320万人)は国境を越えられない国内避難民(internally displaced people)で、安全な国に逃れられる人々よりむしろリスクが高いが、難民ほど注目されない。

アメリカでは4年前の4倍に

難民だけに限っても、現在の危機はかつてない規模だ。その結果、例えばアメリカは難民申請受け付けの上限を2019年段階の3万人から2021年には6万2500人に引き上げ、2022年にはこれが12万5000人に至った。

難民を数多く生み出している国の多くは、治安悪化や経済破綻などに直面している。

例えば、アフガニスタンの場合、2021年だけで12万人以上が国外に逃れた。この年、アフガンではイスラーム主義組織タリバンが激しい戦闘の末に首都カブールを奪還し、その後も各地でアルカイダやイスラーム国(IS)残党が活動している。

また、南米ベネズエラでは2018年に経済が破綻して以来、生活が極度に悪化して700万人以上が流出し、2021年だけでも9万人以上が国を離れた。

世界的にほとんど注目されない中央アフリカ共和国では2013年、イスラーム、キリスト教徒それぞれの民兵が民間人の殺傷を繰り返すようになった。旧宗主国フランスも見放すなかで人道危機はエスカレートし、2021年だけで5万人近くが居住地を追われた。

それぞれの国には個別の理由があるが、その多くでコロナ禍やウクライナ侵攻などによる経済悪化、食糧危機、治安悪化が拍車をかけてきた。「史上最大の難民危機」はいわば現代世界の一つの縮図ともいえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story