コラム

W杯開催地カタールへの「人権侵害」批判はどこまで正当か

2022年11月22日(火)21時25分

アフガニスタンのタリバンが女性にヒジャブの着用を強制したとき、欧米メディアはこぞってこれを批判した。

しかし、嫌がる人にヒジャブを強制するのが人権侵害であるなら、被りたい人にヒジャブ着用を禁じるのも人権侵害であるはずだ。

欧米は確かに人権保護に熱心だが、それが熱心であるだけに、かえって他者への批判には「自分のことを棚にあげる」傾向が浮き彫りになりやすい。サッカーははからずも、その象徴になったといえる。

イスラモフォビアの変種か

最後に、アルコール規制の問題について触れておこう。

ヨーロッパではサッカーなど運動競技を観戦しながらの飲酒が定番だが、これは「パンとサーカス」を求める市民が、コロッセウムで剣闘士の戦いに興じていた古代ローマ帝国にルーツを持つ習慣だ。それはアメリカや日本の野球場でビール販売が盛んなことにもつながっている。

だから、世界の飲料メーカーのスポンサー契約のうちサッカー関連は49%を占めるという報告もある。アルコールを扱う飲料メーカーにしてみれば、W杯は大きなビジネスチャンスかもしれない。

しかし、戒律で飲酒が禁じられているイスラーム圏でW杯を行なう以上、アルコール販売が規制されることはいわば当然で、そこに欧米の習慣を持ち込もうとすること自体、文化侵略にすらあたる。

むしろ、ヨーロッパのスタジアムでフーリガンが暴れる一因に飲酒が指摘されていることを考えれば、「スポーツ観戦に飲酒はつきもので、それを規制するのはおかしい」という発想の正当性も疑わしい。

要するにアルコール販売の規制にまで踏み込んだ批判は、他者を認めない、野蛮なものでさえあり、カタール大会招致の不透明性に関する批判すら「イスラーム圏だから批判されるのでは」と思わせかねない。

それは第三者に、カタール大会批判が欧米に根強いイスラーム嫌悪(イスラモフォビア)の変種に過ぎないという印象をも与えかねないのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アルゼンチン通貨のバンド制当面維持、市場改革は加速

ビジネス

スズキ、4ー9月期純利益は11.3%減 通期予想は

ワールド

ベトナム輸出、10月は前月比1.5%減 前年比では

ビジネス

伊サービスPMI、10月は54.0に上昇 24年5
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story