コラム

W杯開催地カタールへの「人権侵害」批判はどこまで正当か

2022年11月22日(火)21時25分

また、膨大な経費やそれにともなう不透明な取引についても、批判や懸念は当然だろう。

とはいえ、「だからカタールはけしからん」と断定していいかは議論の余地がある。むしろ、欧米で高まる人権問題を理由としたカタール大会批判は、やや不公平といわざるを得ない。

人権侵害に乗るサッカービジネス

カタールだけでなく中東各国に人権侵害が目立つのは確かとしても、あえていうなら、現代のサッカービジネスそのものが膨大な人権侵害に大きく依存している。

世界中から人材を集めるビッグクラブには、途上国とりわけアフリカの貧困国から、人身取引まがいの手法で子どもを連れ出す事案が後を絶たない。その数はヨーロッパのクラブだけで年間1万5000人にものぼると試算される。

FIFAは2001年、18歳未満の子どもに、暮らしている国以外の国のクラブとの契約・登録を禁じた。しかし、その規制をかいくぐって、偽造パスポートで親子ともどもヨーロッパに移住させたり、偽の親に引率させたりすることが数多く報告されている。

ビッグクラブでプレーすることを夢見てヨーロッパに渡った子どものうち、スター選手になれるのはわずかで、他のほとんどは捨てられてホームレスになるか、強制送還される。これは送り出す側の途上国の問題であると同時に、受け入れる側のヨーロッパ各国の問題でもある。

髪を隠さない自由、隠す自由

人身取引についてヨーロッパ各国は他の地域より厳しい規制を設けているが、犠牲者の多くがヨーロッパに流入しているのもまた確かだ。

女性の権利制限や同性愛の禁止が人権問題であるとしても、人身取引もまた深刻な人権問題であるはずだ。

だとすれば、ヨーロッパのスポーツバーが人権問題を理由にカタール大会をボイコットするなら、ヨーロッパの多くのプロサッカーリーグもボイコットされておかしくないが、そうはならない。連れ出されるのが途上国の子どもだからだろうか。

つけ加えるなら、フランスでは女子サッカーリーグなどで、ムスリム女性が髪を隠す「ヒジャブ」の着用が禁じられた。「世俗主義」を徹底させるというのが理由だが、これは髪を隠したいムスリム女性を排除するものでもある。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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