コラム

急速に「破綻国家」に近づくスリランカ 危機の原因、世界への影響は?

2022年05月02日(月)15時25分
コロンボの大統領官邸そばで反政府抗議デモに参加する仏教僧

コロンボの大統領官邸そばで反政府抗議デモに参加する仏教僧(2022年4月15日) Navesh Chitrakar-REUTERS

<経済危機を「コロナが原因」と主張し、自らの失策を認めないラージャパクサ政権に市民の怒りが爆発。長年与党を支持してきた仏教憎まで抗議デモに加わっている>


・南アジアのスリランカは経済危機に陥り、抗議デモの激化によって政治危機も深刻化している。

・そこには長年、大統領などの要職を握ってきた一族支配の弊害がある。

・海外からの資金に依存した場当たり的な経済運営が破綻するリスクは、スリランカだけのものではない。

国際的な海上輸送の一つの拠点でもあるスリランカは、混乱の広がりによって国家としての体裁を保てない「破綻国家」に近づいている。これは世界に広がる政治・経済のリスクの氷山の一角といえる。

コメ価格が6倍以上に

ウクライナ戦争に注目が集まるなか、南アジアのスリランカでも危機が深刻化している。

スリランカでは急速に物価が上昇しており、3月には18.7%のインフレ率を記録した。その結果、通常1kgでおよそ80ルピー(約32円)のコメが、4月には500ルピー(約200円)にまで値上がりした。

これに並行して、電力不足で1日10時間以上も停電が続き、医薬品なども入手困難になっている。

こうした生活苦を背景に抗議デモが拡大するなかで4月1日、スリランカ政府は非常事態を宣言し、警告なしにデモ隊を拘束したり、SNSを遮断したりするなど、強権的な取り締まりを強めた。その結果、一晩で600人以上が逮捕されることもあった。

政権批判にまわる仏教僧

それでも抗議デモはおさまらず、4月3日には内閣が総辞職したが、ラージャパクサ大統領はその座にとどまった。これに対して、大統領も辞職するべきという声が高まり、抗議デモはむしろエスカレートする一方だ。

事態が泥沼化するなか、仏教徒が人口の70%以上を占めるこの国で、長年与党を支持してきた仏教僧までもデモに加わっている。スリランカ仏教界で指導的な立場にあるメダガマ・ダーマナンダ師は4月25日、「この国は急速に'失敗国家'になりつつある」と述べ、政権に退陣を要求した。

治安や国民生活が悪化し、国家として最低限の役割さえ担えない国家は、失敗国家あるいは破綻国家と呼ばれる。高位仏教僧の口からこのパワーワードが出たこと自体、スリランカの混迷を示唆する。

この混迷はなぜ生まれたのか。そこには、コロナ禍やウクライナ戦争によるグローバルな混乱だけでなく、長年にわたる一族支配の弊害があった。

一族支配の果てに

デモ隊から辞職を要求されているゴタバヤ・ラージャパクサ大統領やマヒンダ・ラージャパクサ首相は兄弟で、しかもマヒンダは元大統領でもある。

ラージャパクサ一族はもともと2002年まで続いたスリランカ内戦でイスラーム勢力タミル・イーラム解放の虎(LTTE)と戦った、仏教徒の多いシンハラ人勢力の英雄だった。内戦終結後は2004年にマヒンダが首相に就任したのを皮切りに、2015〜2019年に一時的に野党に政権を譲ったものの、長年にわたってスリランカ政治に大きな影響力をもってきた。

その統治下でスリランカでは海外からの投資が増え、茶葉(セイロンティー)の輸出といった伝統的産業だけでなく、観光や運輸も活発化した。その結果、世界銀行の統計によると2003〜2012年の平均GDP成長率は6.7%にのぼった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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