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テロ対策でイスラム抑圧を進めるスリランカの過ち

スリランカのラジャパクサ大統領

ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領はテロとの戦いを宣言した Dinuka Liyanawatte-REUTERS

<「テロとの戦い」でイスラム抑圧を進めるスリランカは、対テロ戦争で間違いを犯したアメリカの二の舞?>

2011年5月1日。ホワイトハウスで当時のオバマ大統領、バイデン副大統領や政策担当者たちがスクリーンに釘付けになって「Geronimo Ekia」という言葉を待っていた。ジェロニモはウサマ・ビンラディンを指すコードネームで、エキアは敵の戦死を意味する。世界で最も重要な指名手配者の殺害を目的とした作戦コードネーム「ネプチューン・スピア」は開始わずか40分で完了した。

9.11のテロの首謀者ビンラディンが殺害されてから今年で10年になる。バイデン米大統領は4月28日、初めての施政方針演説で「ビンラディンを地獄の門まで追いかけ、公正な裁きを下した」、ビンラディン殺害によって「アフガニスタンのアルカイダは弱体化した」と述べ、アフガニスタン駐留米軍の撤退を表明した。

米史上最長となった戦争「アフガニスタン紛争」は、テロとの戦いが開始されてからちょうど20年目の区切りとなる9月11日までに完了することになる。ただ、アメリカはテロとの戦いに勝ったかどうかと言えば、そこには疑問符が残る。なぜなら、アメリカはテロリストを殺したが、その背後にある過激なイデオロギーを殺したわけではないからだ。米軍完全撤退によって現地のテロ組織が力を取り戻すことが既に懸念されている。

ここ数年、日本でアルカイダやIS(イスラム国)の報道を目にすることは少なくなった。東京オリンピックのテロ対策についての話題も、このコロナ禍で議題に上がることはあまりない。中東は日本からは遠い話のように感じられるかもしれないが、しかしアジア各国でもテロ組織は息づいており、脅威は身近にあるといっても過言ではない。

ベールと過激主義を同一視

私の母国、スリランカのテロとの戦いは2年前に始まった。2019年の4月に行われるイースターサンデー(復活祭)にISと提携した地元の過激派グループがスリランカのカトリック教会や高級ホテルを爆破し279人が死亡した。首謀者のザフラン・ハシムはいわゆるホームグロウンテロリストで、9.11のテロに刺激を受けて育った人物だった。爆破テロを受けて、国の治安の悪さに乗じて現職のゴタバヤ・ラジャパクサが多民族、多宗教の融和を掲げた前政権を失脚させて大統領の座を奪い取った。同時に彼は独自のテロとの戦いを宣言した。

今年の4月28日、テロ対策の一環としてスリランカ政府は公共の場でのあらゆる形態の顔を覆うベールの着用を禁止する提案を承認した。今後、この提案は法案として起草され、承認のために議会に提出される予定だ。与党のラジャパクサ政権が議会の3分の2の多数を占めているため、通過する可能性が高い。議会で可決されれば、スリランカでブルカ禁止令が発効されることになる。スリランカ政府によると、この措置は「国家安全保障上の懸念から」必要であるとしている。

スリランカでブルカを禁止する動きは、政府がコロナウイルスの蔓延を防ぐためにマスク着用を国民に呼びかけている最中の2021年3月に公安大臣によって発表された。ただ、発表直後に政府はあくまでもこれは提案であり、急いで実施しようとする動きはないと言及。この政府によるフォローは、ブルカ禁止の話が出た直後にパキスタンをはじめとするアラブ諸国から受けた批判を回避する意図はもちろん、その直後に控えていた国連人権委員会でのスリランカ政府の戦争犯罪と人権侵害の疑いについての決議に配慮し、イスラム諸国を味方につける思惑もあったと考えて間違いなかろう。

国際人権団体などからは「表現の自由や宗教の自由を含む女性の権利を侵害する危険な政策」だと指摘されているブルカ禁止は、すでにフランス、ベルギー、デンマーク、オーストリア、ブルガリア、オランダ、スイスなどの国々で実施されている。ヨーロッパでは建前上、文化的同調が強調されているが、スリランカではむしろ公安的な主張が強く、顔を覆うものを宗教的過激さと同一視している。

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