最新記事

スリランカ

テロ対策でイスラム抑圧を進めるスリランカの過ち

2021年5月8日(土)11時40分
にしゃんた(羽衣国際大学教授、タレント)

スリランカでは現在も提案を正当化するために激しい議論が交わされており、可決されれば人口の10%を占める200万人以上のイスラム教徒に影響を与え、数週間後には何千人ものイスラム教徒の女性がベールを脱ぐことを余儀なくされるかもしれないという厳しい現実に直面することになる。むろんスリランカではブルカはそれほど一般的ではなく、若者ではブルカを好まない人も多い。ただイスラム教徒であろうとなかろうと、着たい服を着る権利を奪われることに対する反発は強い。

スリランカ政府によるイスラムへの偏見に基づく決定はこれだけではない。喫緊では、新型コロナウイルスによる死者についてイスラム教では火葬は禁忌とされており、教義に則った埋葬を望んでいるのに、これを政府は拒否した。その結果、スリランカは火葬を強制する唯一の国として世界中に恥を晒した。

また昨年スリランカで牛肉処理が禁止されたが、これもイスラム教徒への嫌がらせと見られている。牛肉の屠殺や販売はほぼ100%イスラム教徒が従事しており、屠殺はだめだが、牛肉の輸入は大丈夫という矛盾はそのことを裏付けている。数年前にハラール認証制度も廃止された。さらに今後は、公安大臣がブルカ禁止の発表と同じ時にほのめかした、1000カ所を超えるイスラム教の学校や宗教学校(マドラサ)の取り締まりなども控えている。

スリランカはアメリカの二の舞いを演じているとしか思えない。スリランカでいうテロとの戦いは目的と手段が完全にうやむやになっている。アメリカがテロリズムではなくテロリストをターゲットにしたように、スリランカはイスラム過激派ではなくイスラムそのものをターゲットにしている。

新たなテロリストを生むだけ

問題はどこにあるのか。第一に2019年のテロとブルカは全く関係ない。ブルカを着用してテロを行ったわけでもなければ、そもそも容疑者は女性でもない。合わせて今後ターゲットになり得るイスラム宗教学校もテロリズムとは関係がない。

確かにイースターサンデーの日にテロを起こしたハシム容疑者は12歳から宗教学校に通っていた。しかし彼は宗教学校で教える教義解釈はリベラル過ぎると批判するようになり、その過激な言動のために、19歳だった2005年に宗教学校から追放されている。翌年には彼は地元のモスクに幹部クラスとして参加し説教を行っているが、内容が過激だったために3年後にはそこからも追放されている。

つまり、ハシム容疑者はスリランカのイスラム教徒からしても歪な存在であったことがうかがえる。しかし、その「基本中の基本」を現在の政府が理解しているとは思えない。むしろ理解したくないように映る。今の政府の姿勢は、テロをなくすというより、むしろ真面目なイスラム教徒から新たにテロリストを作り出そうと刺激しているようにしか見えない。

多数派による専制は、テロリズムに対抗する武器にはなりえない。そのことを、25年間にわたって泥沼化した内戦(スリランカ政府とタミル・イーラム解放の虎との戦い)のど真ん中に身を置いた現大統領が、誰よりも学習しているはずだけに、残念でならない。

【筆者:にしゃんた】
セイロン(現スリランカ)生まれ。高校生の時に初めて日本を訪れ、その後に再来日して立命館大学を卒業。日本国籍を取得。現在は大学で教壇に立ち、テレビ・ラジオへの出演、執筆などのほか各地でダイバーシティ スピーカー(多様性の語り部)としても活躍している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECBは6月利下げ、それ以降は極めて慎重に臨むべき

ビジネス

日本の格付け「A」に据え置き、アウトルック「安定的

ビジネス

超長期国債中心に円債積み増し、リスク削減で国内株圧

ビジネス

独総合PMI、4月速報50.5 10カ月ぶりに50
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中