コラム

「ロシア封じ込め」の穴(2)──中東諸国「ウクライナ侵攻は我々の戦争ではない」の論理

2022年05月19日(木)13時00分
訪ロしたアラブ連盟代表団を迎えるラブロフ外相

訪ロしたアラブ連盟代表団を迎えるラブロフ外相(2022年4月4日) REUTERS

<アメリカの同盟国であっても、ほとんどの中東の国はロシアとウクライナの間でバランスをとり続けている。中東の火事と距離を置いてきた先進国メディアがウクライナ侵攻にフォーカスすればするほど、中東でシラけて受け止められるのも無理はない>


・中東の'親米国'は、西側の「ロシア封じ込め」に最低限の協力しかしていない。

・この冷めた反応は、西側でウクライナ侵攻に関する反応や関心が大きいことに反比例したものといえる。

・ウクライナ侵攻に関して何を置いても協力するよう求められることは、中東各国にしてみれば、両隣の家が火事なのに遠くの山火事への対応を優先しろと言われているに等しい。

ウクライナ侵攻が長期化するという見込みが広がっているが、それはウクライナでの戦局が膠着していることだけが理由ではなく、ロシアへの「兵糧攻め」が機能しにくいことがある。アメリカの同盟国でも経済封鎖に協力的とは限らないからで、中東の'親米国'もその例外ではない。

「我々の戦争ではない」

ウクライナには「敵の敵」からも支援の手が差し伸べられている。シリアの反政府組織「シリア民間防衛隊(ホワイトヘルメット)」は、空爆による負傷者への対応などに豊富な経験があり、すでにウクライナの医療関係者にオンラインでの講習などを行なっている。

2011年に内戦が始まったシリアでは、アサド政権が反体制派を押さえ込み、ロシアがこれを支援してきた。ロシア軍による空爆の対象にはイスラーム過激派「イスラーム国(IS)」だけでなく、アサド政権に批判的なクルド人勢力なども含まれ、ウクライナと同様に学校や病院、ライフラインなども破壊された。

こうしたなかで欧米からの援助を受けて活動してきたシリア民間防衛隊は、ウクライナ侵攻をきっかけに国境をまたいで反プーチンでの協力を進めているのだ。

もっとも、こうした反応がシリア人の多くを占めるとは限らない。

ドイツ公共放送DWは4月23日、シリアからドイツに逃れた難民の若者の意見を紹介した。「ウクライナ侵攻が始まった時、最初はロシアと戦うために戦地に向かおうと思った。でも、仲間と何回も話し合っている間に、考えは変わった。ウクライナには行かない。これは我々の戦争ではない」。

中東のサイレントマジョリティ

ウクライナ侵攻と距離を置く理由について、DWの取材を受けた若者たちは「我々は我々の問題を抱えている。誰も気にも留めないが、アサドは今もいる」と述べた。

プーチンがアサドを支援しているとしても、彼らにとっての主な問題はあくまでシリアであり、それ以外は二次的なテーマなのだ。これはむしろ正直な反応といえるだろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ムーディーズ、日本の格付けA1を確認 見通しは安定

ビジネス

豪コアインフレ率、第3四半期0.9%なら予測「大外

ワールド

独IFO業況指数、10月は88.4へ上昇 予想上回

ワールド

ユーロ圏銀行融資、9月は企業・家計向けとも高い伸び
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 5
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 6
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story