コラム

「親ロシア派政権樹立はウクライナ人のため」か──レジーム・チェンジの罠

2022年02月27日(日)19時45分
ブカレストのロシア大使館前に掲げられた抗議のポートレート

ブカレストのロシア大使館前に掲げられた抗議のポートレート(2022年2月26日) Inquam Photos/Octav Ganea via REUTERS


・ロシアはウクライナ軍に政府との訣別を呼びかけ、親ロシア派政権の樹立を目指している。

・ロシアの言い分ではこれが「ウクライナのため」となる。

・しかし、外国によるレジーム・チェンジは多くの場合、事態をより悪化させやすい。

ロシアがウクライナ軍に政府打倒を呼びかけた。「徹底抗戦を叫ぶ今のウクライナ政府が引っ込めば、無駄な戦闘が減り、市民の犠牲を抑えられる」というのがロシアの論理だが、そこには疑問の余地が大きい。

親ロシア派政権はできるか

プーチン大統領は26日、ウクライナ軍に対して政府に反旗を翻すよう呼びかけた。それによると、「ネオナチのウクライナ政府は子ども、女性、高齢者を人間の盾にしている」「あなたたち(ウクライナ軍)が権力を握れば、そちらの方が交渉は簡単だ」。

アメリカ政府によると、ウクライナ側の抵抗によって侵攻は予定通りに進まず、「ロシアは苛立っている」(ただし、侵攻が遅れているという証拠は示されていない)。

ロシア軍の侵攻が予定通り進んでいないかどうかに関わらず、親ロシア派政権の樹立がロシアの目的にあることは、ウクライナ侵攻当初から多くの専門家が指摘してきた。それはロシアが(全土か一部かにかかわらず)ウクライナを確保し、欧米との間に新たな「鉄のカーテン」を引く手段となる。

ロシアの言い分でいうと、ウクライナ軍が寝返って親ロシア派政権ができることは「ウクライナ人のためになる」。そうなればロシア軍との戦闘が最小限に抑えられ、市民の犠牲も小さくて済むから、というのだ。

「ネオナチ」の真実

念のために確認すると、「ネオナチのウクライナ政府」というロシアの言い分は、誇張があるとしても事実から遠くない(ロシアの肩を持つわけではないと断っておく)。

民主的な選挙により、2019年に就任した現在のゼレンスキー大統領は、自身がユダヤ系であることもあり、人種差別的でも極右的でもない。しかし、ウクライナでは2014年以来、極右勢力が大きな政治的影響力をもってきた。

その転機は、2014年のクリミア危機にあった。「ロシアの侵略に対抗する」ことを強調し、民兵として軍事作戦に参加する極右団体が相次いで発足したのだ。そのなかでも最大勢力であるアゾフ連隊は、クリミア危機後も「自警団」として市中をパトロールするかたわら、政府に批判的な者や、LGBTやロマ(ジプシー)といった少数者をしばしば襲撃してきた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米国株式市場=小幅高、利下げ期待で ネトフリの買収
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story