コラム

「親ロシア派政権樹立はウクライナ人のため」か──レジーム・チェンジの罠

2022年02月27日(日)19時45分

しかし、ウクライナ政府はこれを見て見ぬふりをすることがほとんどだった。ロシアの脅威に対抗するためにはアゾフ連隊や民兵の力が欠かせなかったからだ。ウクライナ政府に対する極右の影響力はアメリカなども認めている。実際、欧米はアゾフ連隊を「国際的ヘイトグループ」と位置づけながらも、これに訓練などの援助を提供してきた。

市民の犠牲は減るのか

とはいえ、である。

たとえウクライナ政府が極右に乗っ取られているとしても、それを理由にロシアが打倒していいかは話が別だ。

第一、白人極右を利用してきたのはウクライナだけでなくロシアも同様だ。2014年以来、ウクライナ東部ドンバス地方の分離独立を画策してきた勢力には、ロシアから流入した人種差別的な極右が数多く含まれている。その意味で、ウクライナ政府がネオナチならロシア政府もネオナチということになる。

さらに、たとえウクライナ政府が極右的だったとしても、今回のロシアによる呼びかけが「一般のウクライナ人のことを思いやって」でないのはいうまでもなく、そこにはロシア自身の利益がある。

ウクライナ軍が離反しなくても、ロシア軍が最終的にキエフを占領すれば、やはり親ロシア派政権は樹立されるとみてよい。

しかし、離反者が出て親ロシア派政権ができれば、そちらの方が「コストパフォーマンスが高い」という判断がロシアにあっても不思議ではない。

いかに大きな戦力差があっても、ロシア軍が全土を掌握するのは大変で、それならば戦力差をみせつけてウクライナ軍を離反させられれば、ロシア軍の損耗は減らせる。

ただし、ロシアの呼びかけに呼応するウクライナ人の手によって親ロシア派政権が樹立されれば、事態がより泥沼化する懸念も大きい。徹底抗戦を叫ぶ勢力からみれば、親ロシア派は「裏切り者」以外の何者でもないため、その場合は「ロシアとの国家間戦争」であるだけでなく「ウクライナの内戦」という側面も併せ持つことにもなりかねないからだ。

レジーム・チェンジの罠

レジーム・チェンジ(体制転換)という言葉がある。文字通り一つの国の政治体制がひっくり返ることを意味するが、そのなかには革命など国内の動きによるものだけでなく、外国によるものも含まれる。

このうち外国によるレジーム・チェンジの典型例は、アフガニスタン(2001)やイラク(2003)である。アメリカはアフガンのタリバン政権やイラクのフセイン体制を軍事的に打倒し、その後で憲法と選挙に基づく体制を導入した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

伊サービスPMI、10月は54.0に上昇 24年5

ワールド

最低賃金引き上げ目標、経済動向踏まえて今後検討=高

ワールド

米、40空港で運航10%削減へ 政府機関閉鎖で運営

ワールド

米ボーイング、737MAX墜落事故巡り犠牲者3人の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story