コラム

国益よりも30年に及ぶNATOへの怨念で攻めるプーチンの怖さ

2022年02月25日(金)20時36分

ロシアの戦車を破壊した、と主張するウクライナ兵(2月24日、ウクライナのハリコフ) Maksim Levin-REUTERS

<緒戦はウクライナ軍が善戦。だが善戦するほどプーチンは非情さを増す。国益とは無縁の私怨と私欲の戦いだ>

[ロンドン発]「この30年、われわれは北大西洋条約機構(NATO)主要国との間で欧州における対等かつ不可分の安全保障原則について根気よく合意を形成しようとしてきた。われわれは常に皮肉なごまかしや嘘、あるいは圧力や脅しの試みに直面し、NATOはわれわれの抗議や懸念にかかわらず拡大し続けた」

全面的なウクライナへの攻撃を開始したウラジーミル・プーチン露大統領は24日の演説で冷戦終結後、東方拡大を続けてきた米欧に対する怒りをぶちまけた。「われわれはこのような動きを黙って見ているわけにはいかない。わが国にとって、これは生死にかかわる問題であり、国家としての歴史的な未来にかかわる問題なのだ」

「外部から干渉する誘惑に駆られた人たちに、非常に重要なことを申し上げたい。誰が邪魔をしようとも、われわれの国と国民に脅威を与えようとも、ロシアは直ちに対応し、その結果はあなた方の全歴史の中で見たこともないようなものになることを知らなければならない。どのような展開になろうとも、われわれは準備ができている」

ロシア人保護のためなら核戦争も辞さない考えを表明したプーチン氏はバルト三国でロシア系住民が人口の3割前後に及ぶNATO加盟国のラトビアやエストニアを守る覚悟はあるのか、ジョー・バイデン米大統領を揺さぶった。ロシアの飛び地領カリーニングラードと同盟国ベラルーシに挟まれた「スヴァウキ・ギャップ」はNATO最大の弱点である。

考えなしだったNATO拡大政策

2008年のグルジア(現ジョージア)紛争直後、英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のジョン・チップマン所長は「欧州はアメリカにNATO拡大の重要性についてノスタルジックにではなく、戦略的に考えるよう求めたい。NATOは拡大政策をロシアンルーレットのゲームにしてはならない」と釘を刺した。その時の懸念が14年の歳月を経て現実となった。

ウクライナ侵攻が泥沼化すればプーチン氏の政権基盤も崩れる。狡猾なプーチン氏が両刃の剣となる賭けに出たのは、反ロシアの強硬姿勢を強めるウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がモスクワを射程内に収める国産ミサイルの開発を進め、昨年10月にはトルコから購入した無人機でウクライナ東部の親露派支配地域を攻撃したことが大きい。

プーチン氏は大局を踏まえて行動しているように見えて、実は状況に対応して動いている。その意味で2014年以降、ウクライナに27億ドル(約3111億円)の安全保障支援をし、元コメディアンのゼレンスキー氏にNATO加盟が実現するかのような幻想を抱かせてしまった米欧は軽率だったと言わざるを得ないだろう。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スタバ元CEOの労組支持者への発言、違法と判断=米

ビジネス

EXCLUSIVE-スペイン、中国との交渉訴え E

ワールド

EU、スペインやポーランドなど提訴 多国籍企業への

ワールド

台風被害の台湾で復旧進む、金融市場も再開 南部は1
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大谷の偉業
特集:大谷の偉業
2024年10月 8日号(10/ 1発売)

ドジャース地区優勝と初の「50-50」を達成した大谷翔平をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    【独占インタビュー】ロバーツ監督が目撃、大谷翔平が「花開く」瞬間...「彼はロボットではなくチームメイト」
  • 3
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はどこに
  • 4
    サッカーユニから胸を「まる出し」、下は穿かず...人…
  • 5
    8日間のはずが8カ月に...宇宙飛行士の「足止め騒動」…
  • 6
    年収600万円、消費者金融の仕事は悪くなかったが、債…
  • 7
    原点は「ナチスの純血思想」...オーストリアで自由党…
  • 8
    NewJeansミンジが涙目 夢をかなえた彼女を待ってい…
  • 9
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 10
    アラスカ上空でロシア軍機がF16の後方死角からパッシ…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はどこに
  • 3
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ日本の伝統文化? カギは大手メディアが仕掛ける「伝検」
  • 4
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 5
    エコ意識が高過ぎ?...キャサリン妃の「予想外ファッ…
  • 6
    ワーテルローの戦い、発掘で見つかった大量の切断さ…
  • 7
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 8
    【クイズ】「バッハ(Bach)」はドイツ語でどういう…
  • 9
    【独占インタビュー】ロバーツ監督が目撃、大谷翔平…
  • 10
    南洋のシャチが、強烈な一撃でイルカを「空中に弾き…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 3
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 4
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 5
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 10
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story