コラム

イスラエルはコロナワクチン接種の「成功例」か──捨てられる人々

2021年05月01日(土)12時30分
ワクチン接種を受けるネタニヤフ首相

2回目のワクチン接種を受けるイスラエルのネタニヤフ首相(2021年1月9日) Miriam Elster/Pool via REUTERS


・ワクチン接種が遅れがちな日本と対照的に、イスラエルは国民の約60%が接種を受けているとみられ、「成功例」としてしばしば取り上げられる。

・しかし、イスラエルが医療・衛生などの責任を負うべきパレスチナ占領地では、ワクチン接種がほとんど進んでおらず、感染者も増え続けている。

・これに関して、国連や人権団体からは国際法違反という批判もあがっているが、イスラエルを長年支援してきたアメリカなどは沈黙を貫いている。

コロナワクチンの接種に関して「成功例」として注目を集めるイスラエルだが、各国メディアによる礼賛の影には捨てられた人々もいる。

「成功」の影の人々

コロナワクチンの接種が極めてスピーディーに行われている国として、最近イスラエルがしばしば取り上げられる。

Mutsuji210501_vaccine.jpg

University of Oxford, Our World in Data

実際、イスラエルでは累計接種回数がすでに1,046万回(4月27日)に及ぶが、これはイスラエル人口(923万人)を上回る。一人で複数回接種した人もあるため、オックスフォード大学のデータベースOur World in Dataによると、人口の約60%が接種しているとみられる。

その結果、イスラエルではイベントや会食などが相次いで解禁され、4月22日には1日のコロナ死者が10カ月ぶりにゼロになったと報告されるなど、コロナ克服の成果も出ている。

イスラエルの場合、人口が日本の10分の1以下という規模の小ささが有利に働いたことは確かだ。そのうえ、独立から周囲のアラブ諸国と緊張を抱え、常に平時と戦時の区別がほとんどないなかで培われた危機管理体制がコロナという未曾有の危機においても有効に機能したことは疑えない。

しかし、イスラエルの「成功」にはあまり語られない側面もある。国民向けの接種がスピーディーに行われる一方、本来イスラエル政府にワクチン接種の責任があるにもかかわらず、半ば放置されている人々もいることだ。それはイスラエルが軍事的に占領しているパレスチナに暮らす人々である。

忘れられる占領地

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルなど10団体は昨年12月、共同声明を発表し、このなかでイスラエル政府が戦時における義務を定めた国際法、第4ジュネーブ条約に違反すると告発した。ジュネーブ条約では占領地での文民保護などが定められており、医療、衛生の確保などもそれに含まれる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story