コラム

支持低下のBLMは何を間違えたか──公民権運動との決定的な違い

2021年04月27日(火)17時25分

しかし、それでもBLMが求める「警察の予算削減・規模縮小」は、黒人以外には受け入れられにくい。そこには、犯罪や刑罰に対する見方の違いがある。

そもそもアメリカでは「黒人が犯罪を起こしやすい」という偏見が、白人以外にも定着している。ニューヨーク州立大学のJ.T.ピケット教授らがさまざまな人種からなる1500人以上を対象に行なった調査によると、「アメリカで黒人が犯罪にかかわる割合はどれくらいと思うか?」という質問に対する回答の平均値は46.4%だったが、実際には黒人が犯罪にかかわる割合は21%に過ぎない。

こうした偏見の定着を反映して、白人は犯罪取り締まりの強化を求めやすい。調査機関センテンシング・プロジェクトの調査によると、「警察が犯罪取り締まりをあまり厳しく行なっていない」とみる黒人は60%だったが、白人は73%にのぼった。また、犯罪を減らすために「教育や職業訓練にもっと予算をまわすべき」という回答は、黒人では58%だったが、白人では35%にとどまった。

黒人への偏見が根本的な問題だとしても、厳格な治安維持を望む傾向が白人に強いとすれば、BLMのいう「警察の予算削減・規模縮小」が受け入れられにくくても不思議ではない。BLMによる暴動などが頻発すれば、なおさらだ。

キング牧師の情熱と戦略

社会運動が成功するかどうかの分岐点の一つは、「相手のなかの穏健派」を説得できるかにある。BLMの場合、白人の穏健派から拒絶されていては、成果は望めない。

これに関して、例えば1950〜60年代の公民権運動を考えてみよう。

公民権運動は、「人種分離法」のもと交通機関やレストランなどにあった白人と黒人のスペースの隔離をめぐり、1955年にアラバマ州で発生したバス・ボイコット運動が起点になった。この時代、Black Power運動など攻撃的・革命的な一派もあったが、多くは座り込みなどの非暴力的な手段を中心とした。これはインド独立運動における「非暴力・不服従」にヒントを得たともいわれる。

しかし、それでも運動の初期には、穏健派の白人の間からでさえ批判が絶えなかった。公民権運動を指導したマーティン・ルーサー・キング牧師は逮捕されてバーミンガム刑務所に収監された時、キリスト教会の白人聖職者たちから「よそからやってきてアラバマの問題に立ち入るべきでない」「社会に緊張を高めるべきでない」という手紙を受け取った。

これに応じて著された主著「バーミンガム刑務所からの手紙」で、キング牧師は「どこかの不正義は全ての場所の正義にとっての脅威になる」と説き、差別は黒人やアラバマだけの問題でないと応じた。そのうえで、「非暴力の抗議活動で緊張を高めるのは、権力者と意味のある交渉を行なうため」とも述べており、ここからは抗議活動そのものを目的にしない冷静さをうかがえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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