コラム

天安門事件30周年や香港デモに無言の日本――「中国への忖度」か?

2019年06月20日(木)13時35分

これに対して、第二次大戦後の日本政府は「西側先進国の一国」であることを外交的な立場として何より優先させてきた。つまり、日本の場合、自らは内政不干渉を重視していても、他の西側先進国の言動を批判することはもちろん、その動向とあまりにかけ離れることもできない

天安門事件への制裁やクーデター後のミャンマーとの関係でみられた、西側とアジアに両股をかけた対応は、そのなかで生まれた。

より最近の例をあげよう。北東アフリカのスーダンでは6月3日、民主化を求めるデモ隊に治安部隊などが発砲し、60名以上が死亡した。これを受けてスーダン政府は欧米諸国から批判されただけでなく、周辺のアフリカ諸国が加盟するアフリカ連合(AU)からも参加資格を停止されたが、日本政府は発砲を「非難する」という声明を出しながらも、今年8月に横浜で開催されるアフリカ開発会議(TICAD)でのスーダン出席の取り消しなどには言及していない。

人権を貶める者

良くも悪くも、日本政府の立場は戦後ほとんど変わらない。そのため、冒頭の「中国への配慮」を強調する取り上げ方は、故意か偶然かはともかく、相手が中国だからという点に焦点を当てすぎているばかりか、あたかも「日本はそれ以外の場合、人権問題に積極的に関わっている」というミスリードにさえなりかねない。

同じことは、香港デモに関して「中国が世界各国から非難されている」という論調に関してもいえる。

中国の人権問題を公式に批判しているのは一部の欧米諸国だけで、世界の大半を占める開発途上国、新興国はこれに沈黙している。そこに中国の経済力への配慮があることは否定できなくても、より根本的には内政不干渉を重視するスタンスによるものだ。実際、中国が今ほどの経済力を持たなかった1989年の天安門事件の際も、ほとんどの開発途上国は中国政府の立場に理解を示した。

中国を擁護する気は全くない。しかし、「気に入らない」という感情を「人権」のワードで正当化することは、日本を含むそれ以外の国の人権問題を軽視する風潮にもつながり、結果的に人権の理念を貶めるものといえる

それは中国の人権問題には熱心でも、友好国であるという理由でサウジアラビアのジャーナリスト殺害事件やインドのムスリム迫害などには口をつぐむアメリカ政府に関しても同じだ。言い換えると、都合のいい時だけ人権を持ち出す立場は、人権を基本的に尊重していないという意味で、中国政府の立場と大きく変わらないのである。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

magSR190625issue-cover200.jpg
※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。

magSR190625issue-cover200.jpg
※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story