コラム

「一帯一路」に立ちふさがるバロチスタン解放軍とは―中国のジレンマ

2019年05月20日(月)13時20分

北京の釣魚台国賓館で開催された一帯一路フォーラムで会談したパキスタンのカーン首相(左)と李国強首相(4月28日)  Parker Song/REUTERS


・パキスタン南西部の分離独立を掲げる「バロチスタン解放軍」は、中国企業や中国人への攻撃をエスカレートさせている

・その背景には、「一帯一路」によって中国がパキスタン国内でのプレゼンスを高めていることがある

・中国にとってこの問題の対応は、一歩間違えればアドバンテージを損なうだけに、簡単ではない

イタリアのように先進国でも中国の「一帯一路」を受け入れる国もあれば、開発途上国でもこれに抵抗する者もある。パキスタンのバロチスタン解放軍(BLA)は、中国政府の頭痛のタネとして急浮上している。

「バロチスタンから出て行け」

パキスタン南西部バロチスタン州で5月11日、高級ホテル、パール・コンティネンタルが4人の武装グループに襲撃され、治安当局との銃撃戦で犯人全員が死亡した他、4人の従業員と1人の兵士が命を落とした。

宿泊客には外国人が多いが、彼らに被害はなかった。

この事件ではBLAが犯行声明を出し、「中国やその他の大国がバロチスタンの資源を搾取することは許されない。バロチスタンから出て行くまで、彼らは勇敢な部隊の標的にされるだろう]」と中国を名指しした。パール・コンティネンタルの宿泊客には中国人ビジネスマンも数多く含まれていた。

バロチスタン解放軍とは

ここでまず、BLAについて確認しよう。

BLAはパキスタン南西部に多いバローチ人の武装勢力で、バロチスタン州の分離独立を目指している

mutsuji20190520105302.jpg

パキスタンは多民族国家だが、人口の半数近くを占めるパンジャーブ人が政治・経済の中心を握り、バローチ人は全体の4%に満たない。パンジャーブ人もバローチ人も多くがムスリムだが、民族的な理由で社会の周辺に追いやられている不満から、BLAは分離独立を要求し、パキスタン政府にテロ活動を行ってきた。

パキスタン当局はBLAがパキスタンと敵対するインドに支援されているとみており、バローチ人が多いアフガニスタンもBLAと結びついているともいわれる。

ともあれ、パキスタン政府は2006年にBLAを非合法化し、アメリカやEUも「テロ組織」に指定している。

標的としての中国

そのBLAはこの数年、パキスタン政府だけでなく海外企業、とりわけ中国企業を標的にすることが増えている

2016年9月、パキスタン政府は中国によるプロジェクトに関連して、それまでにパキスタン人だけで44人が殺害されていたと認めたが、その多くがBLAによるものとみられる。

また、インド紙エコノミック・タイムズによると、2018年8月から2019年4月までの約9カ月間に、バロチスタン州周辺で少なくとも3回、BLAは中国を標的にしたテロを行い、そのなかには昨年11月にカラチで発生した中国領事館の襲撃も含まれる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、エプスタイン文書法案に署名 30日以内

ワールド

COP30、議長国ブラジル早期合意得られず ルラ大

ビジネス

S&P500の来年末目標、11%上昇に引き上げ=バ

ワールド

米・サウジ、新規投資アピール トランプ氏「2700
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 8
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story