コラム

トランプ政権が米朝首脳会談の開催を焦った理由──北朝鮮の「粘り勝ち」

2018年06月04日(月)18時50分

このように米朝の担当者にとっての最大のテーマは、「短期間での非核化」か「段階的な非核化」か、という相いれない衝突にあり、どちらかが譲るしかない構図が定着してきました。

デッドロックで困るのは

デッドロック(行き詰まり)を打開しようとするなら、「立場の弱い側」が譲るしかありません。それは一見、北朝鮮のように映ります。実際、米朝首脳会談が開かれず、緊張や対立がエスカレートし続ければ経済制裁が継続されるため、北朝鮮にとって影響がゼロでなかったことは確かです。

しかし、米朝首脳会談が予定通り開催されない場合、トランプ大統領が被るダメージやリスクは、金正恩体制と比べても決して小さくありません。そこには大きく二つの理由があげられます。

第一に、中間選挙のスケジュールです。今年11月6日には米国の下院全議席と上院の3分の1(33議席)が改選され、さらに各州での知事選挙も行われます。中間選挙は政権に対する信任投票の意味合いが強く、それまで半年を切った6月は、「目に見える成果」をアピールしたいトランプ氏にとってギリギリのタイミングです。

逆に、金正恩体制からすれば、ここまで追い込まれた以上、米朝首脳会談があと1~2ヵ月ずれ込んだところで、被るダメージに大きな差はなかったはずです。つまり、米朝首脳会談の開催がこれ以上ずれこんだ場合、より困った立場に立っていたのはトランプ政権なのです。そのため、これ以上引き延ばせば北朝鮮ペースになりかねないタイミングで、トランプ政権は圧力から協議に舵を切ったといえます。

核ミサイルをかついだ窮鼠

第二に、北朝鮮を追い込みすぎるリスクです。日本政府は「最大限の圧力」を強調しますが、そこには「追い込むことで相手がネをあげるはず」という考え方があります。

ただし、追い込まれすぎた相手が「これ以上追い込まれて自滅するくらいなら、いっそ打って出る」という選択をすることも珍しくありません

満州事変(1931)後、国際的に批判され、米国などの経済制裁の対象となった日本が、「全ての海外権益の放棄」を求める米国の通牒(ハル・ノート)を受けて、むしろ日米開戦に向けて加速していったことは、その象徴です。この場合、米国が極めて高いハードルを設け、一切妥協しなかったことが、むしろ日本を逆噴射させました。この日本の立場を北朝鮮に置き換えれば、米国政府が「追い込みすぎるリスク」を懸念したとしても、不思議ではありません。

これに加えて注意すべきは、実際の軍事的な勝敗や優劣と、政治的なリスクが別物ということです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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