コラム

トランプ政権が米朝首脳会談の開催を焦った理由──北朝鮮の「粘り勝ち」

2018年06月04日(月)18時50分

追い込まれた北朝鮮との間で実際に軍事衝突に至れば、最終的には戦力において米国が圧倒することは目に見えています。ただし、犠牲者が出た場合の国内の政治的なダメージでいえば、民主的な選挙を経ているトランプ政権は、もともと国民からの支持を当てにしていない金正恩体制より脆いといえます。1万人の北朝鮮人が死んでも金正恩体制はそれを覆い隠すでしょうが、100人の米国人が死亡すればトランプ政権は国内でつるし上げられます。

この構造を考えれば、6月初旬の段階でトランプ大統領が米朝首脳会談という北朝鮮にとって「生き残りのための最後の道」を閉ざさず、さらに「短期間のうちに全ての核戦力を無力化すること」という非現実的なまでに高いハードルを取り下げたのは必然だったといえます。これは北朝鮮の「粘り勝ち」だったといえるかもしれません。

トランプ政権にとっての「成功」とは

トランプ大統領は1日の金英哲氏との会談後の記者会見で、6月12日の会談を「(金正恩氏と)知り合いになるための機会」のようなものだと述べました。一度の協議で全て解決するわけではなく、何度も会合を重ねるなかで最終合意にたどり着くという方針は、いわば現実的なものです。

ただし、その現実感覚は、「米国を射程に収める核ミサイルの放棄」を優先させるために、短・中距離ミサイルや人権問題など、それ以外の問題を切り捨てる可能性を大きくするとみられます。

これに加えて、「何度も会合を重ねる」という名目のもと、協議が長期にわたることも想定されます。問題の根本的な解決が難しい以上、協議がとんとん拍子で進むことは見込めません。それでもトランプ政権には初の米朝首脳会談という「歴史的な偉業」を達成したトロフィーは残り、11月の中間選挙では「北朝鮮との協議が進行中で米国は安全になりつつある」というアリバイを主張できます。

一方、協議が長期にわたることは、北朝鮮にとって経済制裁の継続を意味するものの、中国などでの違法な北朝鮮企業の操業が継続していることもあり、すぐに立ち行かなくなるわけでもありません。むしろ、協議が続いている間は少なくとも事実上、体制を安堵でき、ほぼ唯一の外交手段であるICBMを保持できます。逆に、短期的な利益を求めて、北朝鮮が米国内でのトランプ政権の立場をなくす振る舞いをしたが最後、本当に「怒りと炎」に直面することになりかねません。

そのため、少なくとも中間選挙が行われる11月までは、北朝鮮も米国との「対話ムード」を決定的に悪化させる行動をとらないとみられます。言い換えると、協議の実際の進展はともかく、それを継続し、いわば「対話ムード」を演出すること自体に利益を見出す点で、トランプ政権と金正恩体制は共通するといえるのです。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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