最新記事
スパイ

必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイの起訴取り下げ、理由は中国への「忖度」?

2025年10月29日(水)15時10分
ロバート・ドーバー(英ハル大学教授)
中国のスパイのイメージ

中国のスパイの中には、中国政府の中枢とつながっている者もいる BeeBright-shutterstock

<防諜部門のトップも不満を表明するくらい不自然な起訴取り下げは、国会を揺るがす事態にもなっている>

イギリス政府を悩ませている中国のスパイ疑惑は、過去の事件とは明らかに異なる。元議会調査官のクリストファー・キャッシュと研究者のクリストファー・ベリーは容疑を否認したまま、裁判開始前に起訴が取り下げられた。

【動画】中国のスパイ事件「隠蔽」で紛糾する議会

政府が中国との外交・貿易関係に配慮し、検察に起訴を止めさせたのかどうかが臆測を呼んでいる。議会調査委員会が今後解明を目指すことになるが、焦点は噂が事実かどうか、事実なら政府内の誰が関与したのかだ。


キャッシュとベリーは議会や議員に関する政治的に敏感な情報を含む「少なくとも34件の報告」を中国情報機関に渡した容疑で起訴された。この情報はその後、習近平(シー・チンピン)国家主席の右腕とされる蔡奇(ツァイ・チー)政治局常務委員に渡ったという。

起訴が取り下げられたのは裁判開始の数週間前。検察庁は中国を国家安全保障上の脅威とするに足る証拠を政府から入手できなかったと述べた。

イギリスでは、容疑がかけられた時点で当該国(中国)をイギリスの「敵」とする証人陳述書が必要となる。マシュー・コリンズ国家安全保障副補佐官が3件の証人陳述書(23年12月、25年2月、25年8月)を検察庁に提出済みで、政府はそれを公表した。

陳述書は政府機構への継続的な侵入の試みなど、中国の広範な情報活動を明らかにしている。中国による脅威の規模にも言及しており、現政府や保守党前政権の政策と一致する内容だった。

検察庁のパーキンソン長官は、起訴に必要な証拠の95%を確保したと議員たちに伝えたと報じられている。政府は残る5%の証拠について説明するのはパーキンソンの責任だとしている。

現時点ではいくつかの重大な疑問がある。政府は検察庁の起訴取り下げに関与したのか。政府内でどんな議論が行われたのか。政府は中国について、検察庁が必要とするレベルの脅威と認識しているのか。そしてスターマー首相がその気になれば、起訴取り下げを阻止できたのか。

政府はコリンズの専門知識と役割を強調する声明を出した。事実上、外交上の重要案件を、上司(首相の信頼厚いジョナサン・パウエル国家安全保障補佐官)を含む政府内の誰とも相談しなかったと示唆するものだ。

首相は起訴取り下げを2日前に知らされていたことを認めたが、この件に関与していないと主張している。

現政権は前政権の中国に対する曖昧な姿勢に責任を押し付けようとしているが、与党・労働党の立場も同様に複雑だ。中国を貿易、地球温暖化、パンデミック対策、各地の紛争に対処する重要なパートナーと見なす一方、安全保障上の持続的な脅威ともみている。

今回の起訴取り下げにはMI5(英国情報部5部)のマッカラム長官も不満を表明。最近もMI5が中国の諜報活動を阻止したばかりだと述べ、国家レベルの対英工作が35%増加していると警告した。

起訴取り下げが臆測を呼んだ背景には、ブレグジット(EU離脱)後の英経済が直面する現実がある。イギリスは中国との交易を必要としているが、搾取されるのは避けたい。EUに残留していれば、中国を怒らせる起訴という事態にもっと自信を持って対処できたかもしれない。

自信と自己主張を強める外国との摩擦は増え続けている。起訴取り下げをめぐる調査は、イギリスの指導層がそれにどう対処しているかを明らかにする機会となりそうだ。

The Conversation

Robert Dover, Professor of Intelligence and National Security & Dean of Faculty, University of Hull

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


日本企業
変わる「JBIC」...2つの「欧州ファンド」で、日本のスタートアップ支援に乗り出した理由
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、FRB次期議長の承認に自信 民主党の支

ワールド

エプスタイン文書追加公開、ラトニック・ウォーシュ両

ワールド

再送-米ミネソタ州での移民取り締まり、停止申し立て

ワールド

移民取り締まり抗議デモ、米連邦政府は原則不介入へ=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 2
    世界初、太陽光だけで走る完全自己充電バイク...イタリア建築家が生んだ次世代モビリティ「ソラリス」
  • 3
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」から生まれる
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 6
    中国がちらつかせる「琉球カード」の真意
  • 7
    【銘柄】「大戸屋」「木曽路」も株価が上がる...外食…
  • 8
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 9
    「着てない妻」をSNSに...ベッカム長男の豪遊投稿に…
  • 10
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中