コラム

中国「国家主席の任期撤廃」改憲案 ──習近平が強い独裁者になれない理由

2018年03月09日(金)13時20分

このような腐敗・汚職の取り締まりは、「政府内の派閥抗争」の文脈で語られやすいものです。つまり、反汚職キャンペーンという大義名分のもと、習氏は異なる派閥のメンバーを粛清してきたという見方です。

しかし、2015年6月に無期懲役の判決が下った周永康被告は、もとは習氏と同じく江沢民・元国家主席の系列に属していました。ここからブルッキングス研究所のチェン・リーは、「共産党体制のもとで増殖した汚職・腐敗は共産党体制そのものの正当性を揺るがしており、その取り締まりは派閥抗争以上の意味がある」と指摘しています。

海外から中国に進出する企業にとっても、あるいは中国から物資を調達している各国にとっても、その汚職対策は重要な課題です。また、富裕層や軍高官の摘発は、結果的に習近平主席への権力集中を促すものといえます。とはいえ、既得権益層に対する取り締まりが急速に進むことが、結果的に共産党体制の支持者の恨みを買うことになることもまた確かです。

「独裁者」のジレンマ

これまで世界には数多くの「独裁者」がいましたが、道徳的、倫理的な良し悪しはともかく、その多くは「登場する必然性」があって登場しました。さらに、どんな「独裁者」にも必ず支持者がいました。つまり、いくら本人に権力欲が色濃くあったとしても、それだけで「独裁者」が生まれるわけではありません。

中国の場合、市場経済化でたまった膿とも呼べる腐敗・汚職が共産党の支配の正当性を脅かしつつある状況が、これを立て直す者としての習近平主席の台頭を促しました。言い換えると、共産党支配という既存のシステムが経済成長と引き換えに社会に不満や憎悪を増幅させるなか、それでもそのシステムを支えるために「立て直す」必要があるという認識が体制内で広がったことが、習近平という時代の子あるいはモンスターを産んだといえます

ただし、習氏が推し進める反汚職キャンペーンは、政敵の追い落としだけでなく、腐敗・汚職の追放という理念に沿ったものとしても、今まで「甘い汁を吸ってきた」共産党支持者を自ら切り捨てることになり得ます。それは、少なくともセウェルスが示した一つのモデルケースとは異なるものです。その意味で、共産党を立て直そうとすればするほど、習近平主席は「成功した独裁者」になるのが難しくなるジレンマに直面することになるといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、3月速報は成長停滞 中東紛争で

ワールド

リトアニアで墜落のドローン、ウクライナから飛来か 

ビジネス

英総合PMI、3月は6カ月ぶり低水準 中東戦争でコ

ワールド

東京の中国大使館への侵入事件、中国当局が日本側に抗
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店員も「なすすべなし」の暴走モード
  • 2
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 3
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」した──イスラエル首相
  • 4
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    「胸元を強調しすぎ...」 米セレブ、「目のやり場に…
  • 7
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 8
    スウェーデン次期女王ヴィクトリア皇太子、陸軍訓練…
  • 9
    「買ったら高いじゃん?」アカデミー賞会場のゴミ箱…
  • 10
    イラン戦争、トランプを泥沼に引きずり込む「5つの罠…
  • 1
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 2
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 6
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 9
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 10
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story