コラム

中国「国家主席の任期撤廃」改憲案 ──習近平が強い独裁者になれない理由

2018年03月09日(金)13時20分

人民政治協商会議の開会式後に席を離れる習近平主席(2018年3月3日)Damir Sagolj-REUTERS

3月5日、中国で全国人民代表大会(全人代)が開会します。今回の最大の注目点は、国家主席の任期に関する憲法の条項の改正です。

今回の全人代で、国家主席の再選に上限がなくなれば、習近平主席の一強支配が強化、長期化することになります。そのため、憲法改正の動きは「皇帝の復活を促すもの」とみなされ、昨今の強気な外交とも相まって、各国に警戒が広がっています。

ただし、習近平への権力集中が進むことは確かですが、それは必ずしも習氏が「成功した独裁者」になれることを意味しません。むしろ、支配を強化するほど、習氏は自らの支配を掘り崩しかねないジレンマに直面することが見込まれます。

「独裁の完成」か?

まず、今回の憲法改正について取り上げると、中国の憲法では国家主席がその座にいられるのは5年の2期まで、つまりその上限は10年間。米国大統領が4年の任期を2期までの最大8年間と定められているように、多くの国では公職につける期間に制限が設けられています(日本の知事や市町村長にはそれがない)。任期に上限がなければ、「役職が権力をもつ」のではなく「個人が権力をもつ」ことになりやすいからです。

中国の場合も、初代国家主席だった毛沢東が1976年に死亡した後、後継者の地位をめぐって権力闘争が激化し、国政が極度に混乱。

第二代国家主席だった劉少奇の失脚後、空位となっていた任期制の国家主席のポストは、安定的な権力の移譲を目指した鄧小平によって1982年の憲法改正で復活しましたが、この後鄧小平の薫陶を受けた江沢民が国家主席、党中央委員会総書記、党中央軍事委員会主席の三役を独占する体制が生まれました。「党が国家に優越する」中国で、この三役を備える者は「独裁者」といえますが、任期制があることで、一定の歯止めがかかっていたといえます。

以前、私が『世界の独裁者』のなかで「独裁者」の規準としてあげた三つの規準を簡略化して表すと、以下のようになります。

1.行政、立法、司法にまたがる大きな権力をもつ

2.辞めさせられない

3.反対派を抑え込む

このうち、これまでの中国の国家主席の場合、1と3は文句なしに該当していました。しかし、先述の任期制は本人の意思にかかわらず権力を振るえる期間に制限を設けるもので、2の条件にとってのハードルでした。今回、憲法が改正されれば、この点でも中国の国家主席の権力が強くなることは確かです。

「失敗した独裁者」とは

「独裁者」への道をひた走る習近平主席は、権力を一元化することで国内改革を加速させようとしています。しかし、権力を集中させることが成功を約束するとは限りません

一般的に「独裁者」は嫌われますが、その一方で経済の発展や治安の回復といった成果を生むには、多くの人が話し合うよりトップダウンの方がよいという意見も根強くあります。民主主義と独裁のいずれが経済パフォーマンスがよいかというテーマは、主に欧米諸国の政治学者が統計的手法などを用いて研究していますが、議論に決着はついていません。強いていえば、ケースバイケースというのが順当でしょう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米指標やFRB高官発言受け

ビジネス

ネットフリックス、第1四半期加入者が大幅増 売上高

ビジネス

米国株式市場=ほぼ横ばい、経済指標と企業決算に注目

ビジネス

USスチール買収計画の審査、通常通り実施へ=米NE
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story