コラム

南北「五輪外交」に期待できない理由―米中「ピンポン外交」との対比から

2018年02月09日(金)17時45分

一方の中国にとっては、「二つの超大国との対立」を解消する必要がありました。中ソは1956年以降、関係を悪化させていましたが、1969年に国境問題をめぐって両軍がダマンスキー島(珍宝島)で正面衝突。ソ連との対立が抜き差しならなくなるにつれ、中国はもう一方の超大国である米国との緊張を和らげざるを得なかったのです。

この大きな背景は、お互いに「妥協や譲歩もやむを得ない」と思わせ、米中に関係改善に向かう糸口を探らせるものでした。ピンポン外交は、その一つのきっかけに過ぎなかったといえます。

非公式協議の継続

第二に、ピンポン外交の布石として、米中の担当者たちが非公式ながらもコミュニケーションを続けていたことです。そして、それを可能にしたのが「米中と関係をもつ複数の第三国」の存在でした。

1954年の台湾海峡危機後、公式には対立しながらも、米中は朝鮮戦争で捕虜となった米兵など中国国内に拘留されている米国人の帰国などを話し合うため、非公式の会合を継続。スミス大学のS.M.ゴールドスタインによると、1955年8月から1970年2月までの間の大使級の非公式会合は136回にのぼります。

その際、両国と関係を維持していたスイス、ポーランド、ルーマニア、パキスタン、ユーゴスラヴィアなどがルートとなりました。とりわけポーランドの首都ワルシャワは、米中非公式会合の多くが行われる舞台となりました。

相互不信が強いなか、当事者同士が何の前置きもなく、いきなり核心的なテーマについて協議することは至難の業です。その意味で、反共産主義のトーンが強かった米国と、反帝国主義を叫び続けていた中国の間で、実務的なコミュニケーションを維持できたことは「国交正常化の仕込み」になったといえます。

ゴール設定の明確さ

第三に、そして最後に、最も重要なことは米中間で「折り合える妥協点」があったことです。いわば当たり前のことですが、これがなければ利害の異なる当事者の交渉そのものが成立せず、それぞれの言い分が言いっぱなしになりかねません。

米中の場合、「国交正常化」が自国の利益になるという理解は、双方にほぼ共通するものでした。ただし、「唯一正統な中国政府」を自認する中国と、台湾に米軍を駐留させていた米国にとって、大きな焦点となったのは台湾の扱いでした。

最終的に上海コミュニケには「米国は台湾が中国の一部であることを認める」という文言が盛り込まれました。これは一見、中国側の言い分が丸呑みされたようにみえますが、米国からすれば単に「中国が一つであること」を認めたに過ぎませんでした。さらに、コミュニケで「台湾問題の平和的解決を支持すること」も盛り込まれたことで、米国は台湾が中国に軍事的に脅かされた場合に介入する余地を残したのです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾閣僚、「中国は武力行使を準備」 陥落すればアジ

ワールド

米控訴裁、中南米4カ国からの移民の保護取り消しを支

ワールド

アングル:米保守派カーク氏殺害の疑い ユタ州在住の

ワールド

米トランプ政権、子ども死亡25例を「新型コロナワク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 8
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story