コラム

高インフレに苦慮する米国、それでも安定成長が続く理由

2023年07月11日(火)19時36分

3月に起きた複数の中堅銀行の突然の破綻の際には、急ピッチな金利上昇によって損失を被った銀行が預金流出に見舞われた。銀行行政に携わるFRBにとっても失政であり、これをきっかけに非連続的に経済が悪化するリスクが高まった。ただ、預金保護政策や流動性供給の対応が行われ、引締め一辺倒だったFRBは一時的に引締めの手綱を緩めることになった。もちろん意図していなかっただろうが、これをきっかけに「程よい引締め政策」に調整された可能性があり、とすればFRBにとって幸運だったのかもしれない。

世界経済の減速は、年内にも収束する

また、コロナ禍直後の米企業の行動も、金融引締めが続く中でも経済成長が保たれる一因になった可能性がある。コロナ禍後に経済活動が戻る場面で、売上高が膨らみ利益も急増する活況に多くの企業が直面した。こうした場面では、企業経営者の楽観が膨らみ、設備投資や人員を増やすなど積極的な行動に走りがちになる。

ただ、コロナ禍での回復局面では米企業は総じて慎重だったとみられ、人員確保が難しかった中でも、生産性に見合った賃上げにとどまったとみられる。付加価値あたりの労働者報酬(ユニットレーバーコスト)はインフレ率に連動するが、22年末から23年初にかけて4%前後に落ち着きちつつある。

そして、リストラを22年末から相次ぎ発表しているハイテク企業を除けば、人員調整に至らず、賃金や労働時間で雇用コストを制御できている。コロナ後の米企業の行動が抑制的だったことが、これまで労働市場の調整が限定的に止まり、同時にスパイラル的なインフレ上昇を防ぎつつあると言えそうだ。

米経済は、ソフトランディングに近い経路で、緩やかな景気減速を辿る可能性が高まりつつある。そうであれば、2023年に続いている世界経済の減速は、年内にも収束するシナリオに期待できるだろう。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送バークシャーが三菱商事の保有株積み増し、10.

ビジネス

追加利上げ、直近の短観織り込み「都度判断」=中川日

ビジネス

韓国中銀、米関税引き上げで「深刻な衝撃」予想

ワールド

ロシアがキーウに大規模夜間攻撃、子ども含む4人死亡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    「どんな知能してるんだ」「自分の家かよ...」屋内に侵入してきたクマが見せた「目を疑う行動」にネット戦慄
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 5
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 6
    「1日1万歩」より効く!? 海外SNSで話題、日本発・新…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story